J55 サリー 携帯電話が鳴り迷った挙句、田代はその電話をとらなかった。電話の相手は見知った相手だ。通 称「ゴンザレスの大冒険」。 出たら間違いなく、彼らとかかわることになる。彼らは《悪》ではあるが、決してやりすぎるわ けではない。むしろ、罪無き一般市民へ被害を与えるような組織はなく、いわゆる穏健派だといえ るだろう。しかし、わってしまえば何かしら――いや、多大すぎるデメリットを被るのは間違いな い。 そう判断して、出なかった。 出なかったはずだ。 ――またか ユズとヨミを見送ってドアを閉めてすぐ、田代は深々とため息をついた。 この変な能力に気づいたのは、中学校に上がってすぐのこと。道程の類義語はと教師に聞かれ、 ぼけるか真面目に答えるかの二択で散々迷ったが、結局、真剣かつ華麗に「デスティニー」と答え たはずなのに、冷たい沈黙と教師の怒りと苦笑が自分を責めていた。 「処女、ってなんだよ。変態だなあいつ」 その言葉で我に帰った。処女? いや、自分はそうボケようとして、でも、真面目に答えたはず なのに。そんなこと言ってないはず。え? 混乱する田代に、教師は冷たく「後で職員室へ来い」と命令した。そこで気づく。ありえただろ う二択の中で、選ばれなかった方を見る能力に。 田代はこの能力に「アナザー・ディメンション」と名づけた。もしや、背後に何か立ってないか 確認したが、残念ながらいなかった。 ――でも、電話に出た相手は、ゴンザレスじゃなかったよなぁ…  田代は部屋に戻ってゴミを片付けながら、電話のことを思い返す。以前【活動】の中で知ったゴ ンザレスの番号を見たはずだが、電話の相手はごく普通の女性だった。 ――ああ、そうか。番号を確認すればいいのか  テーブルの上に放置してある携帯を手に取り、履歴を確認する。無機質に並ぶ11桁の番号は果 たして、以前知ったゴンザレスの番号に間違いなかった。 ――どういうことだろ  首をかしげて携帯を凝視する。 ――ゴンザレスと女性が繋がってるってことかしら。それとも、ゴンザレス=女性?  考え込んでいる間に節電モードに切り替わり、携帯の画面が消えた。考え込んでいても答えは出 ないと判断して、田代は携帯を閉じる。明日は職員会議の日だ。クローゼットに押し込んでいた万 年床を定位置に戻して、田代は電灯のスイッチを切った。  翌日、午後十二時二十五分。  前半戦ともいえる授業も一区切りがつき、生徒たちにとっては決して長くは無い昼食の時間がや ってきた。五時間目だけが空いている田代にとっては少し長い休みになるのだが、小テストの採点 に職員会議の準備と、休みを満喫できる状況ではない。にぎわう職員室の中、自分のデスクの前で 小さくため息をつく。今日の昼もどうせコンビニ弁当だ。 「田代先生」 「わっ! ……って、お前は土井だっけ? どうした」 「ごめんなさい、驚かせてしまって」  後ろには田代の声に驚いたのか、曖昧な笑顔になった土井が立っていた。 「いや、ボクが勝手に驚いただけだから…」  言葉を区切り、視線で相手の言葉を促す。それに気づいて土井が口を開いた。 「授業が終わった後、お時間いただけませんか? ちょっとお話したいことがあるんです」 「ここではまずいことか?」  その言葉に、また土井は困惑と笑顔が混じった表情になる。もしここにユズがいたなら「だから この男はダメ中年なんだ」とつぶやくことだろう。 「……携帯電話、お持ちですよね?」  その言葉に、田代の表情が凍りついた。まさかヨミの持っていた携帯かと思い当たるが、しかし、 田代は遺失物の副担当でもある。そのことかもしれない。 「どうした、落としたのか?」 「いえ、私のじゃないんですけど、大事な携帯なんです。先生ならお持ちじゃないかなと思って」 「落としたわけじゃないんだったら、ボクは知らないよ」 「そうですか。……そういえば先生、一年の立花さんってご存知ですか?」 「二組の立花か?」 「ええ、その立花さんです。彼女、一昨日恐ろしいものを見たらしいんですよ。黒いマントの変態 がコインランドリーで怪しい動きをしてたって」 「……へぇ」と、内心の動揺を隠しながら田代は相槌をうった。「それで?」 「いえ、それだけです。怖いですよね、最近」 「そうだね。キミも気をつけなよ。それで、放課後のことだけど、今日は職員会議があるんだよ」 「分かりました。それでは、明日で結構ですのでお時間をいただけますか?」 「……分かった。明日の放課後、生徒指導室で」 「生徒指導室ですか」土井はそこで言葉を区切ると、今まで見せたことの無い表情を浮かべた。 「ええ、分かりました。必ず伺います」  失礼しますと一礼して、彼女は職員室から出て行った。話をしていた時間は五分にもならないが、 田代には一時間にも感じるほど長い時間だった。 「何なんだ、あの子は……」 つぶやいて、彼女の最後の表情を思い出す。目を開いたまま、唇を歪める奇妙な笑顔を。 数秒、土井が出て行ったドアを見つめた田代は立ち上がって職員室を出る。会釈をする生徒にも なおざりな生返事を返して裏口へ向かうと、手にした携帯電話から暗記した番号を押す。携帯電 話は伝手を使って手に入れたプリペイド式のものだ。   『お腹の奥にずんずん響く♪』  スピーカーの向こうから、無機質な声で歌が流れる。 『頭がどうにか……♪ やはやは、ど〜も〜。今日は何をお買い上げ?』  歌が途切れると、電話の向こうから男とも女ともとれる中性的な声が漏れた。田代=ジャスティ サイザーということを知る、唯一の人間であり、情報屋の彼もしくは彼女は通称【またたび】。 「やあ、久しぶり。土井香織って知ってるかい?」 『知らないにゃ』 「じゃあ、知ってそうな人は?」 『ん〜。それなら、探偵にでも頼んだらいいんじゃないかにゃ。知り合いに村正ってのがいるよん。 紹介がまずければ、仲介してあげるけどん?』 「いや、それが一刻を争うんだ。なるべくすぐに情報が知りたい」 『おお、ジャスちゃんにしては出来る男っぽい発言。それなら、ギミーシェルターがいいんじゃな いかな』 「ギミーシェルター?」 『ボクちんが勝手にそう呼んでるだけなんだけどね〜。あ、でもジャスちゃんじゃダメかも。最近 じゃゴスロリ少女に首ったけみたいだしにゃ〜』  そう言ってにゃははと笑う。その笑いは、田代が知る限りでは「八方塞がり、処置無し」という 意味だった。 『ま、仕方ないにゃ〜。それならボクちんが調べてあげるよ』 「え?」 『猫がまたたび食べたみたいな声出さないのにゃ。調べてあげるって言ってるの。どぅゆーあんだ すたんんんんどぅ?』 「分かったけど…条件は?」 『吸血鬼』 「吸血鬼? なにそれ、石仮面?」 『違うにゃ。殺し屋にゃ。こいつらどうにかしてくれるって約束するなら調べる』 「分かった。何とかしてみるよ」 『話が早くて助かるにゃ。じゃあ、今夜までに調べておくからお楽しみに〜♪』  その言葉が終わるか否や電話が切れる。田代は安請け合いに少しだけ後悔しながら、今度は自前 の携帯電話を手に取るとフリーメールにつなぎ、慣れた手つきでメールを打った。何かあったら連 絡をと教えられた捨てアドである。 To:石神の使い From:絶対正義ジャスティサイザー やっほ〜(。・ω・)ノ゙ 例のヨミちゃんが持ってた携帯電話に関して、食いつかれったぽい>< いざとなったら【変身】するから、よろしく〜(≧∇≦)b 詳しい話は今夜したいから、うちに22:00に来てね(〃^3^〃)