J19 サリー  結局、傷害の犯人は分からないまま日が経ってしまった。  いかにもいじめられそうな生徒からの情報は特に期待していなかったし、 不良じみた生徒たちも口を割らなかった。こちらも予想通りだ。  素直に国家権力なり学校なりに告げ口してしまえば問題は解決するよう に思えるのだが、いじめにあった恐怖や不良たちの「メンツ」ゆえに、彼 らは決して誰にやられたか言わないだろう。  だが、気になるのは不良たちが暗い復讐を決意しているその奥に、どこ となく「恐怖」が見えたことだ。 ――もしかしたら、敵はとんでもない「悪」かもしれないな  闇と同じ色をしたマントをたなびかせ、絶対正義ジャスティサイザーは 胸中でひとりごちた。  正義を示す真っ赤なマスク。闇を以て闇を払うジャスティスマント。そ して、皆の希望を集めて作られたスーツ。これらをまとったとき、冴えな い高校教師田代正志は、絶対正義ジャスティサイザーとなるのだ。  学校の出来事は気になるが、それ以上に見過ごせないのはトトなる人物 だ。いや、人物かどうかもわからない。誰もその姿を見たことのない彼。 田代がトトのことを知ったのは数日前、あるチャットルームでのこと。 ――ジャスさんがINしました ギルモア:元気にしてたかね。最近見ないから、心配していたよ。 ジャス:こんばんわw 最近仕事が忙しくて。ご心配おかけしました^^; ギルモア:忙しい? 何かあったのかね。 ジャス:貧乏暇なしってやつですw ギルモア:正義を遵守する者も、昼間は世の中を席捲する資本主義経済の犠牲者というわけか。 ギルモア:それならば面白い噂がある。 ジャス:噂? ギルモア:トトと名乗る「誰か」が提案したゲームがある。 ギルモア:何かは私も忘れたが、彼が用意した何かを手に入れれば、彼の財宝が手に入るという噂だ。 ジャス:うわw うさんくさいですね、それw ギルモア:そうでもない。トトと名乗る人物は私たちの世界では有名だ。 ギルモア:彼ならばそのような「ゲーム」を提唱してもおかしくはない。 ジャス:ギルモアさん、その人のこと知ってるんですか? ギルモア:昔、世話になったことがある。結局私は死んでしまったがね。彼を助手にと声をかけたこともあったよ。 ジャス:リアルでのお知り合いですかw どんな人だったんです? ギルモア:形容は難しいな。君はビートルズを知っているか? ジャス:それはもちろんw ジャス:あまりに有名じゃないですか〜。全部聞いたことありますよw ギルモア:では、彼らが発表した曲がどういうものか説明できるかね? ジャス:いや、それは……どういえばいいのかな…… ギルモア:それと同じだよ。彼はビートルズなんだ。 ギルモア:さて、すまないが今日は失礼するよ。 ギルモア:トトに興味があるなら、石神くんに聞いてみるといい。 ――ギルモアさんが退室しました ジャス:お疲れ様でした〜ノシ ジャス:一足遅かった>< ジャス:今日は誰も来そうにないな〜。僕も落ちようw ――ジャスさんが退室しました  確たる証拠の無い、ネットの上での雑談だった。だが、ギルモアというHN を持つ彼(?)が言うことに嘘がないことは、今までの――決して長いもの ではないが――付き合いで分かっていた。  現に、トトという名前はホタルの光のような小ささではあるが、ネット上 の幾つかにその名を見ることができた。   「ん?」  街の電燈が小さく音を立てているだけの場所、人通りも少ない町中の一角 に、人があまり訪れることの無いコインランドリーがある。  その中で素足の女性が、何やら洗濯機の中をあさっているのが目に映った。 もしかしたら素足で外に出るのが好きなだけなのかもしれないが、ただ洗濯 物をとるだけであれば袋でも用意しているだろうし、それに、わざわざドラ ムの中を覗くなんてことはするまい。 「……また、世に悪が蔓延っている」  ジャスティサイザーは憂鬱な溜息をつきながら、早足で、だが、できる限 り足音を立てないようにコインランドリーに近づき、女性に声をかける。 「もしもし、何をなさってるんですか?」