I8 富士出月  フィリップ=マーロウにあこがれて探偵になった。なんて恥ずかしくて言えやしない。 ハードボイルドを気取りたくて若い頃に買ったトレンチコートはすっかり色落ちし、くたびれている。 ハードボイルド小説のタフガイな探偵たちは様になる事件で食っていけるが日本の探偵なんざ浮気調査が飯の種。 現に俺もやきもち焼きの奥様方のおかげで何とか探偵を続けられている。 しかし、今度の仕事はいつものよりは少しばかりちがった。 依頼人は男。歳は4〜50くらいだ。男を応接間に案内し、座らせる。 用件を聞くと、どうやら浮気調査ではないようだ。男は一枚の封筒を取り出し、中身を俺に見せた。 封筒の中身は写真だった。写真には男とは似ても似つかない若者が写っていた。おそらく母親似なのだろう。 「この人物の身辺を2〜3週間調査してほしい」 それが男の依頼だった。 ―――失礼ですが、浮気調査ではありませんよね? と冗談交じりで尋ねたら、睨んだだけで人を殺せそうな目つきで睨んできた。 この写真の人物との関係はついに教えてはくれなかった。 依頼の内容はこうだ。 写真の人物の見つからず、2〜3週間身辺を調査してほしい。 しかし、その写真の人が今どこにいるのかもわからないので、まず写真の人物を見かけたら依頼人に電話し、電話してから2〜3週間、マークしておいてくれ。 ということらしい。 素性のわからぬ男がどう見ても繁盛してないボロい事務所の怪しげな私立探偵にどこにいるのかも、ましてや生きているかも判らない人間を探し、絶対に気取られないように身辺を調査する依頼をする。 まさに小説の世界の探偵の得意分野だ。現実世界に生きている俺では畑違いもいいところだ。 しかし世の中はままならない。気乗りしない依頼でもしないと生きていけない。 気づけば俺は結構な額の前金をもらっていた。 …と、まあこれがこの俺、村正竜作の1週間前の出来事だ。 写真の人物を探し出して8日目。手がかりはゼロだ。 穏やかな昼下がり、小腹が空いたのでファミレスで軽食をとることにした。 「いらっしゃいませ。ご注文を伺います」 ―――Aランチセットを。 奥のトイレ近くの席のほうに座り、タバコに火をつける。食べ方が汚いわけじゃあないが食事を人に見られるのは嫌いだ。 駅前のレストラン。はじめて来たがウエイトレスの制服は悪くはない。 …おっさんだな。俺も。 待つこと20分。メニューに写ってあったのより貧相なサンドイッチとポテトが運ばれてきた。 伝票を見てみる。360円…。納得できる。 20分待ったが食べ終わるのは10分もかからなかった。 「何すんのよ!」 「そりゃこっちのセリフだ!」 コーヒーを飲んでいると、近くの席でなにやら揉め事が起きている。 レストランの客の全員が叫び声のあった方を向いていた。 二人の会話内容から察するに男のほうが勘当されているくらいの事しかわからなかった。 何気なく二人のほうを見てみる。眼鏡のウエイトレスが二人に話しかけているのが見えた。 …ん?あいつ、どこかで見たこと…! 俺は懐から写真を取り出し、ちらりとまた3人のほうを見た。 身長の高い女が少し邪魔だったが顔は何とか見れた。 写真と交互に見比べてみる。間違いない。依頼人の探しているやつだ。 まさか何気なく立ち寄った店で見つけるとは…。 小説のようなご都合主義だ。それも三文小説並みの…。