I79 富士出月  事務所、カタカタとキーボードを打つ音が聞こえる。 当日。約束の時間まであと10分。トトの家に着いた。 普通の家より少しだけ大きなその家は、人死にが出るような携帯争奪戦を企画した人間の家とは思えないほど、普通の家だった。 呼び鈴を押す。これも普通のインターホンだ。返事がない。10秒と経たずにドアが開いた。 「はい。どちら様ですか?」 ドアの先には、普通な外見をした人がいた。 ―――トト……さん。ですか? 思わず敬語を使ってしまった。 質問に少し驚いた顔をして、一拍、首を横に振った。 トトに雇われている家政婦だった。 俺が「またたび」経由で会う約束をしていることを告げると、手をぽんと叩き頷いた。 「伺っています。どうぞお入りになってください」 家政婦に言われるまま、俺は中に入った。 家の中を見回す。やっぱり普通だ。だが俺の事務所より広い。 「こちらです」 家政婦がドアを開ける。俺は小声で礼を言い、会釈した。 案内された部屋には2人いた。 1人は、子供だ。少し釣り目がちの、中性的な子供だった。男か女かわからない。 「村正さんですね?はじめまして」 途端に、妙な違和感に襲われた。 声の主は子供ではないほうだ。 ―――あなたが、トトですか? もう1人の大人の男に声をかける。 「そうです。私がトトです」 違和感の正体がわかった。この男の、トトの声が違和感の正体だ。 声色が変なわけではない。訛りがあるわけでもない。にもかかわらず、トトの声は、どこか奇妙だった。 筆舌に尽くし難い。とはこういう事を言うのだろう。 この奇妙な感覚を言葉で説明するのも、文章で説明することも、俺にはできそうもない。 その後、様々な話をしたが、奇妙な感覚に捉えられ、うまく会話を書くことができそうもないので、簡単にまとめた物をここに記す。 @ Q、なんで(一部)吸血鬼に狙われているか A、吸血鬼のメンバーの一部が「とっておきの秘密」を外部に漏らされたくないから。 A Q、クリシュナについて A、ホムンクルス第1号 B Q、ホムンクルスや吸血鬼について A、ノーコメント C Q、ゲームを始めた理由 A、ゲームが好きだから @だが、吸血鬼のメンバーには、ホムンクルスの亜種のような存在である「吸血鬼」と言う種が存在するそうな。 ホムンクルスは普通の人間と大差ないが、吸血鬼は、何か特殊な力を持っているらしい。 特殊な力とは、漫画や、テレビゲームの登場人物のような、超能力的なものらしい。 恐ろしい力を出すタイプや、弾丸よりも速く動けるタイプ。それ以外のタイプもいるらしい。 3つの共通点は、その力がもっとも生かせる仕事が、殺し屋と言うことである ちなみに、今回の謀反の首謀者「オールトの雲」はそれ以外のタイプの能力者らしい。 だが、以前俺を襲った大男はそんな力を持っていなかったように思える。恐らくだが、組織としての「吸血鬼」の構成員全てが吸血鬼ではないか、もしくは油断して特殊能力を使わなかったかのどちらかだろう。 そして吸血鬼を作り出したのが、「始祖」と呼ばれている「ひしき よりこ」(漢字がわからないので、ひらがな表記)だ。 謀反の理由だが、もし他の人間が製作技術を知り、吸血鬼を量産するとなると、別の派閥が生まれ、厄介なことになるのを恐れての謀反。 恐らくそんなところだろう。 たった今これを書いていて気付いたが、現実離れした内容を聞いても、全く驚く事がなくなってしまった。 慣れて感覚が麻痺したか、精神的にタフになったか。 それは解らない。 Aについて。 ホムンクルス製作が初めて成功したのは意外と最近(?)で、1年前だ。 ベースとなる人型のモデルとなったのがあのウエイトレス(当時の職業は不明)だ。 なぜ彼女が人型になったか。ここにきて少し馬鹿らしいかも知れないが。治験の募集だそうだ。 そして採用条件は唯一つ、「身寄りが誰もいない」と言うことである。 それを聞いて五所瓦組がウエイトレス一人簡単に見つけられなかったことが理解できた。 彼女には家族がいないのだ。恐らく友人関係もないのだろう。彼女の事を知っている人間は誰一人存在しないのだ。 つまり、他者によって得ることができる情報がほぼないということだ。 話をクリシュナに戻そう。 そうして産まれたクリシュナだが、結局トトと話すことはなかった。 クリシュナは何者かの手によって連れ去られたそうだ。 組長の話によれば、クリシュナは「気付いたら廃ビルにいた」と言っていて、その後吸血鬼に拾われたそうだ。 ここで気付いたことがある。 ホムンクルスは、吸血鬼の「後」に産まれたことになる。 つまりホムンクルスに何か要素を足し、アレンジして吸血鬼を作ったのではなく、吸血鬼から何らかの要素を引いてホムンクルスを作ったと言うわけだ。 つまり、特殊能力を持った人造人間でない人間がこの世の中に居ると言うわけである。 そして、Bだ。 トト曰く、「ゲームに勝てば教えてあげます」との返答をもらった。 つまり俺が知ることは永遠にないということだ。 最後に、Cだ。 答えになっているが、答えになっていない。 俺は問い詰めたが、結局笑うだけで、答えはとうとう聞き出せなかった。 もう聞きだせる情報はないだろう。俺は、トトに礼を言い、質問を終えた。 その後、夕食をご馳走になった。この事件に入って、夕食代が浮いたのは2度目だ。 別れ際、トトがこんなことを呟いていた。 「明日が満月。ゲームオーバーはもうすぐです」 結局、トトの声には慣れる事はできなかった。 「……「結局、トトの声には慣れる事はできなかった。」と」 文章を声に出して、最後に少し強くエンターキーを叩く。 「……やっと終わった」 大きく息をつき、村正は大きく伸びをする。 村正がトトにあった日から、数日が経過していた。 村正は、あいかわらず暇な事務所で今回の事件をまとめていた。 結局誰が勝ったか、トトや始祖が結局どうなったかは村正は知らなかった。 この事件のその後について知っていることは、高梨姉弟が五所瓦組に世話になっていること。 高梨姉が「オールトの雲」を倒したこと。 あの時レストランにいたウエイトレスが携帯を渡していた2人組みの片割れが拷問を受けていたらしく、救助されたこと。それくらいだった。 「……そういえばまだ拳銃返してなかったな」 文章をプリントアウトしつつ、コートを見る。長い事着込んでいるからすっかりくたびれている。 プリントアウトが終わった。 改めて全部読み直す。 あまりにも突飛で、現実離れしている内容に村正は苦笑した。 「小学生の創作小説のほうがまだ読めるぜ」 そう呟き、ホチキスで紙をとめる。 「結局、俺はどのくらい真実にたどり着いたのだろう」 村正は思う。トトと出会ったことによって、この事件の一端を知った。 しかし、あくまで一端で、全てを知ったわけではなかった。 結局、ゲームの目的も「とっておきの秘密」わからずじまいで終わり、大きな謎が残ったまま、ゲームは終わってしまった。 今回のことを振り返り、村正はため息をついた。 「結局、主役になれるほどの事はできなかったな。俺は流されっぱなしだった」 あまりの不甲斐なさに小声で「ちくしょう」とつぶやいた。 ふと思う、 「「ちくしょう」か。こんな気持ちになったのは何年ぶりだろう」 また呟く、そして、少し笑う。 「年をとったと思ったが、まだ若いね、俺も」 諦めよりも、悔しさが村正の心に残っている。 「ちくしょう、そうだ、ちくしょうなんだ。まだ俺はちくしょうと思えるんだ」 今度は大声で笑う。 久々に俺以外の人間がドアが開ける。依頼人だ。 仕事は妻の浮気調査。 相変わらずロマンもへったくれもない仕事だ。やってやるぜ。 仕事は完璧にこなしてやる。けちな仕事もドンと来い。 目指すは日本の、フィリップ=マーロウさ。 ED;I 「私立探偵村正竜作」