I75 富士出月  「またたび」の用件は、「吸血鬼」に関する話だった。 どうやら箱男経由で俺が奴らに関わっているのを知ったらしい。 「どーにかなんないかなー?」 ―――……お前は私立探偵をなんだと思ってるんだ?そんなもの正義の味方にでも頼んでくれ。 「やー、残念、知り合いの正義の味方は今取り込み中なんだ」 ふざけた調子でジョークを返す「またたび」を無視して、俺は自分の用件を話した。 ―――で、その吸血鬼だが、今はどんな状況なんだ? 「?どゆこと?」 ―――聞けば「吸血鬼」内部でも派閥ができてるんだろう?そこに来てお前が俺みたいなしょっぱい私立探偵にまで電話をするってことは、その派閥に何らかの変化があった。と考えているんだが。 「うん、実はそうなんだー。もうエンディング間近ってゆーの?色々と話の流れがすごくなってきたわけなんにゃよ」 「またたび」の話を要約すると、吸血鬼のリーダーである「始祖」という奴と、「オールトの雲」という派閥に分かれ、仲間割れしているそうだ。 オールトの雲組が以前箱男の言っていた「トト狙いの吸血鬼」。つまり過激派な連中なのだろう。 恐らく俺から携帯を強奪しようとして逆に俺に携帯を奪われた奴はオールト組だろう。 そのオールト組の行動が、かなり活発になってきているらしい。どうやら、ゲームの期日である満月の晩がせまっているからのようだ。 「で?村正ちんは何か知ってることはない?ここまで話したんだから協力してもらうよ?」 ―――いや、悪いが何も知らないな。実際まだ吸血鬼にすら会っていないからな。 ついさっき吸血鬼に殴られたことは黙っていることにした。 「そっかー、まあ期待してなかったから良いけどね」 特にガッカリした様子もなく「またたび」は答える。 ―――ところで、吸血鬼に関して他に何か情報はないか? 「情報?」 ―――ああ、なんでもいい。なるべく吸血鬼との接触は避けたいんだ。少しでも情報が欲しい。 「おお〜、チキンプレイだね」 ―――言ってろ。なんだっていいぞ。たとえば、吸血鬼の依頼に使う連絡先とか、奴らが良く使う待ち合わせ場所とか。 「う〜ん、そういうのは知らないなあ。あ、でも「始祖」の住所や電話番号ならわかるよ」 一瞬の沈黙が流れる。 ―――今なんて言った?誰の電話番号だって? こいつは何を言ってるんだ?なんで殺し屋組織のトップの個人情報を知っているんだ? 俺の頭は混乱した。しかし、「またたび」の次の言葉は、俺の頭を空っぽにした。 「だから、「始祖」の住所と電話番号。吸血鬼のこと知っている同業者は皆知ってるんじゃないかにゃ〜」 空っぽになった頭が、少し痛み出した。 「始祖」の名前は「ひしき よりこ」と言うらしい。しかも住所はさほど遠くなく、むしろ近かった。 何とか混乱から立ち直り、今後どうするかを考えた。 思わず重要人物の住所が手に入った。手に入ったが、果たして有効活用できるのだろうか? そもそも今回の事件は「トト」が主催し、携帯に躍起になっているのはオールトの雲一派である。 俺が知りたいのはこの「ゲーム」の真相であり、吸血鬼のお家騒動ではない。 恐らく始祖に会っても得られるものは多くはないだろう。下手をすれば無駄足の可能性がある。 それに何より恐ろしいのが、オールトの雲一派と関わる可能性が生じると言うことだ。 住所が有名だとしたら、敵対している連中が知っているとしても不思議ではない。 尋ねた所を捕まりました。と言うのは避けたい。あのゴツいのがいるかもしれないしな。 よって、始祖の所へ訪れるメリットはないと考えたほうがいいだろう。 「村正?」 ―――ああ、すまんすまん。ありがとう。礼は払うよ。箱男に渡しておけば良いんだったな。 「まいど〜♪」 嬉しそうな声が返ってきた。 ―――ところで「またたび」、トトって奴の住所もわかるか? なんと無しに、冗談交じりで尋ねた。 「うん、もちろん知ってる」 即答する「またたび」。 ―――おお、そうか。……なに?なんだって!?おい、今なんつった!? 「だから、知ってる。古い友達だもん」 体の疲れと、痛みが吹っ飛んだ。変りにまた頭がぐちゃぐちゃに混乱しだした。 ―――教えてくれ!はやく!頼むから! 年甲斐もなく叫ぶ俺の声を聞き、「またたび」は大笑いしていた。 「ニハハハハハハ!おちッ、落ち着いて!うヒャヒャヒャヒャ!むら、村正が、お、大慌て、ハハハハハハ!の、ノリツッコミまでして!」 俺の慌てぶりがツボに入ったらしく、「またたび」の笑い声がしばらく続いた。 ひとしきり笑ったあと「またたび」はいつもの調子に戻った。 「いや〜良いモン聞かせてもらったわ。お礼に住所を教えてあげよう。大サービスでトトにアポをとってあげよう」 そう言い、「またたび」電話をいったん切った。 今までの活動方針を振り返り、途端にアホらしくなった。答えを知る者が目の前にぶら下がっていたのに、それに気付かなかった自分が情けなく感じた。 ―――太平洋でペットのくらげを見つけた気分だ。 俺はボソッと呟いた。 電話が鳴る。相手はわかっている。 「やっほ〜、よろこんでくれたまえ!明日会ってもいいってさ!」 そう言い、「またたび」は、トトの家の住所と、明日会う時間を俺に告げた。 用件だけ告げると、「またたび」は電話を切った。 とんとん拍子に話が進んで言った今回の事件は、とんとん拍子で真相に迫っていった。 ため息をつき、俺は心を落ち着かせた。 ―――明日か。 そう呟き、少し考えた後、俺は頭を抱えた。 ―――あいつの、友達。かぁ……。 会いたくなくなってきた。 エンディングが、近付いてきた。