I72 富士出月  打ち切り。という単語を知ったのは中学生のころだ。 打ち切りを宣告された漫画家と、その漫画のファンの気持ちが少しわかった気がする。 電話で、組長の探していたウエイトレス(の、ホムンクルス)を始末し、復讐を終えたので、組長はゲームから完全に降りる旨を俺に伝えた。 トトや、吸血鬼に関しては、手を出すつもりはないらしい。クリシュナの話を聞き、「犯人はクリシュナ個人」という結論に達したらしい 目的を果たした今、このゲームを続ける必要はない。というわけだ。 同時に、俺がこのゲームに参加する意味もなくなってしまった。俺の本来の仕事はウエイトレスを探すことで、このゲームの調査ではない。 ゲームの件に関しては、前金すら受け取っていない上に、もうトトは(家族を殺したことに関しては)関係ないと言う事も解った以上、五所瓦組が参加する意味はない。 沢山の謎が残っているが、これで物語は終了である。 ―――……打ち切り漫画の登場人物の気分だ。 思わずそう呟いてしまった。 そして呟くと同時に、「これでいいのか?」という疑問が頭をよぎる。 このまま終わったら、また極たまに来る浮気調査で口に糊する毎日が待っているだけだ。 それでいいのか?いいのだろう。これは現実で、小説の世界じゃあない。そして俺は現実を生きている。探偵小説の主人公じゃあない。 だが、俺の憧れは探偵小説の主人公だ。フィリップ・マーロウに憧れて探偵になった。なんて、恥ずかしくって言えやしないが、憧れに近づけるチャンスが目の前にある。 このままでは終われない。俺の探偵としての矜持を賭けて、俺はゲームの謎を調べることに決めた。 組長は、ゲームの調査の変わりに、高梨ヒロキの姉の捜索を俺に依頼してきた。 もちろん引き受けた。 俺はゲームから降りる気はないが、ゲームに積極的に参加する気もない。 俺が欲しいのはゲームの真相で、賞品ではない。 独自で調査する。そう決めたはいいが、手がかりなんてないのだ。 高梨ヒロキの姉を捜索しつつ、「トト」の手がかりを探す。 ゲームの期日である「満月の夜」までの残り少ない日数だが、基本方針はこれしかないだろう。 ふと、思い出す。ウエイトレスのことを忘れていた。と。 呆然と立っていたウエイトレスに、事の顛末を話す。頷いてはいるが、解っているのかどうかは知らない。 その後、いくつかの質問をしたが、彼女は何も知らなかった。 ―――件のホムンクルスはなんであんたにそっくりなんだ? この質問の答えは、返ってこなかった。俺のことを警戒しているのか、これ以上巻き込まれたくないのか、おそらく両方だろう。 騒ぎ立てられると厄介なので、深く追求はできなかった。 ―――わかった。ありがとう。引き止めてすまなかった。 そういい、質問を終えると、ウエイトレスは、少し安心した様子で、大きく息をついた。 ウエイトレスは、俺に別れを告げ、自分の家へと帰っていった。おそらく、もう会うことはないだろう。 事務所に戻り、椅子に座る。さて、どうしたものか。 高梨ヒロキの姉を拉致したのは、十中八九吸血鬼の連中だろう。 高梨ヒロキの姉は吸血鬼の事を知っていた。それにあのレストランでの口ぶりから察するに、友好的ではないと思われる。 だとしたら、お手上げである。拳銃1つで殺し屋組織に歯向かうのは自殺行為である。B級映画でもやらないことだ。 おまけについさっき、構成員を一人撃ってしまった。友好的に接するのは不可能だろう。 俺に出切ることは、居場所を突き止め、報告するくらいだろう。 何はともあれ、吸血鬼に関する情報を集めなければならない。何も知らない状態では、居場所を探す以前の問題だ。 ―――また、箱男に聞くか。 そう考えたが、ふと、あることを思い出した。そういえば、高梨ヒロキが情報屋のサイトを教えてくれたな。 ポケットをまさぐり、URLの書かれたメモを取り出す。 パソコンを立ち上げ、アドレスを入力する。チャットのページが表示された。 適当なハンドルネームを入力し、ログインする。 5分経過。何も起きない。ためしに、挨拶を入力してみる。 murasame:はじめまして また5分経過、返事がかえってこない。 murasame:すいません、知りたいことがあるのですが。 5分経過、返事はない。なんだか一人で馬鹿やってる気分になった。おそらく情報屋は外出中なのだろう。 パソコンを消し、椅子にもたれる。どっと疲れが出てる。 訪ねに行くのは明日にしよう。体中が痛く、もう動きたくなかった。 そう思っていると、携帯電話が鳴り響く。 いったい今日だけで何回電話が鳴ったのだろう。 そう考えながらコートに手を伸ばす。 また1つのポケットに複数の携帯を入れっぱなしにしてしまっていた。 着信音の鳴っている携帯をとる。自分の携帯だった。 今度は、組長からではなかった。 しかし、見覚えのある電話番号だった。このアドレスは……!まさか、いや、そんなはずは……。 嫌な汗がでる。できることなら出たくはないが、出なければきっと電話は鳴り止まないだろう。 意を決して、電話に出る。相手は、予想通りの人物だった。 電話の主は、男とも、女とも取れる中性的な声の持ち主で、箱男の仲介で知り合った奴だ。 顔を見たことがないから、性別はわからない。わかりたくもない。そして関わりたくない。 「ハロー、村正、調子はどうかにゃ〜?」 ―――最悪だ。 電話の相手は、「またたび」と名乗る情報屋だった。1度世話になったことがあり、結構助かったのだが、この漫画のキャラクターみたいな調子が、どうにも好きになれない。 ―――どうやって俺のアドレスを知った?教えた覚えはないぞ。 「はっはっは〜、ボクちんは情報屋だよ?しょっぱい私立探偵のアドレスくらい調べるのはわけないのさ〜」 それを聞いて思い出した。箱男に俺のアドレスを教えていたのを。 「つれないな〜、仲間はずれは立派ないじめだよ〜」 ―――で、用件はなんだ? 「またたび」の話を無視して訪ねる。 「いやね、箱男から聞いたんだけど、吸血鬼に関わってるんだって?」 それを聞き、さらに落ち込む。 よりによって、またこいつの世話にならなければならないなんて……。 どうやら、まだ休むことはできないようである。