I63 富士出月 大男が下卑た顔してにじり寄ってくる。 大声で助けを呼ぶ、事はできそうもない。この近くは人通りが少なく、今夜も例外ではなく、人っ子一人いない。 立ち向かう。これもおそらく無駄だろう。 刑事時代習った柔道や空手などが通じそうな相手ではない。そもそも習っていたのはもう何年も前の上、強いわけでもなかった。 ここで取れる最善の行動は逃げることだ! これはたった今不可能になった。 「さっさとよこせ」 言葉と同時に大男にぶっ飛ばされた。 どうやらこの大男は言葉より先に手が出るタイプではなく、言葉と手が同時に出るタイプのようだ。 電信柱にたたきつけられる。 頭がくらくらする。脳が揺れている感じだ。 起きようとするが、大男が親切にも俺の襟をつかみ、持ち上げてくれた。 ―――これは親切にどう…モグ! 今度はボディーだ。みぞおちに入る。 この野郎…、吐いたらどうすんだ。 その後も喋れない俺にこの大男は殴る蹴るの暴行を加えてくれた。 「さっさとよこせ」 大男がさっきと同じ台詞を喋る。唯一の違いは今度は拳が飛んでこなかったことだ。 ―――わかったよ。今、渡すから、待ってくれ。 俺はコートの内ポケットをまさぐる。血の味がする。口の中が切れていた。 ―――ほらよ。 …ここが人通りの少ない場所でよかった。 組長の「土産」の鉛玉は大男の右足を撃ち抜き、大男のにやけ顔を苦悶の表情に変えた。 獣のような叫び声を上げ、倒れる大男。大男のポケットから、白い携帯がこぼれ出る。 俺はそれを反射的に掴み取り、急いでその場から逃げ出した。 顔を洗って、口の中をゆすぎたい。 酔っ払いのようなおぼつかない足取りで歩きながら俺は思っていた。 コンビニがある。 水を買おう。と思ったが、思いとどまった。 ぼろぼろの格好、懐に拳銃。何があるかわからない。なるべく危険は避けよう。 確か近くに公園があったな。水飲み場があるはずだ。 例えトイレが臭くても鏡があるし、水道もある。 そんなわけで、コンビニの近くにある公園にやってきた。トイレはどこだろうか。辺りを見回す。 ふとみると、ベンチに1組の男女が座っていた。 カップルではなさそうだ。一人は巨漢。もう一人は子供だった。 親子だろうか。 トイレを探し回るのも億劫だ。あの親子に公園のトイレがどこにあるか聞くことにしよう。 そう思い、ベンチに歩み寄る。 すると、巨漢が子供に挨拶をしてその場から立ち去る。 親子じゃなかったのか。 子供と眼が合う。魚肉ソーセージを食べながら警戒している眼で俺を見る。 この光景ははたから見れば俺は誘拐犯か何かに見えるのだろうか。 …やはり面倒くさがらずに自分で探すべきだった。 子供は無言でトイレを指差した。 俺と話したくなかったのか、それとも魚肉ソーセージがそんなに美味いのか。たぶん前者だろう。 礼もそこそこにトイレへと向かう。 水道で顔を洗い、口の中をゆすぐ。 鏡を見、血の汚れをぬぐう。 青アザ以外はいつもどおりに戻った。 トイレから出る。まだ少女は座っていた。 ―――ゴミはきちんと捨てろよ。 そう呟き、公園を後にした。 すっかり忘れていたが、組長から着信があった。 ポケットから携帯を取り出す。白い携帯が3つあった。これも忘れてた。大男から携帯を奪っていたんだ。 なぜ奪ってしまったのだろう。とりあえず警察に届けるのは後回しにして、組長に電話することにした。 どれだ?1つ目。違った。2つ目。着信あり。これか。名前欄には「フランソワ」とでていた。これも違った。 3つ目の携帯が俺のだった。 20件も着信ありになっていた。電話をかける。すぐに出た。 ―――私です。 「おお、生きていたか」 ―――お土産が早速役に立ちました。 「…やはりゲームの?」 ―――ええ、参加者です。組長さん。吸血鬼と言う組織をご存知ですか? 「…奴らも関わっているのか」 ―――ご存知なんですね?殺してはいません。殺されそうだったので足を狙って、倒れている隙に逃げることができました。 「ふむ。災難だったね。これからはなるべく人通りの多いところを歩くといい」 ―――もうやってます。あと携帯の五所川原組のアドレスはやはり念のために… 「ああ、消しておいたほうがいいだろう。我々としてもあいつらとの争いは、極力避けたい」 ―――わかりました。後は今日得たゲームに関しての情報ですが…。 一通りの会話を終え、電話を切ろうと思ったが、肝心なことを聞くのを思い出した。 ―――それはそうと、件のウエイトレスはどうなりました? この答えは、組長の答えを聞く前にわかってしまった。 「部下にはらせているのだがな、今日はまだ家に帰っていないそうだ。勘付かれたかも知れんな」 勘付かれたかどうかは知らないが、家にいないというのはよくわかった。 なぜなら俺の目の前を歩いているからだ。 それもどういうわけか灰色の服に血のシミを作って。 「何があったんだ?」 そう思ったが、俺も同じような有様だった。