I54 富士出月 箱男。最初に出会ったのは俺がまだまっとうな仕事についていた頃、刑事だった頃だ。 このゲームほどではないが、奇妙な事件があり、その時にこいつと知り合った。 結果、この奇妙な男の手助けのおかげで事件は解決した。 刑事を辞め、探偵になったあともこいつとの縁は続いている。 だいぶ長い付き合いだが、こいつの顔を一度も拝んだことは無い。 「やあ、村正。まだあいつの素性はわからないのかい?」 ―――とっくに解決したよ。しかもあいつは依頼と何の関係も無かった。 以前俺は、よく町に出没する怪しげなコスプレイヤーを探す依頼をうけていた。 依頼人は中年のサラリーマンで、曰く「件のコスプレイヤーが自分の息子かもしれないので、調べてほしい」 というのが依頼内容だった。写真を見せてもらったが、不健康そうな顔以外特徴の無い男だった。 何でもその息子さんは「ヒーローになる」と言い残し、2ヶ月前家から出て行ったそうだ。 町を探すこと10日間。ようやくコスプレイヤーを発見した。 そのコスプレイヤーはすさまじい速さで警察を振り切り、俺の目の前を通り過ぎて言った。 その後も俺は何度かあいつに遭遇したが、事あるごとに厄介ごとに巻き込まれており、話すらできなかった。 箱男もコスプレイヤーの正体はわからなかったが、コスプレのキャラクターの名前は知っているらしいので教えてもらった。 絶対正義ジャスティサイザーというのが名前らしい。心底どうでもよかった。 その後、依頼人の息子は見つかった。発見したのは依頼人本人で、発見した場所は自宅の玄関だった。 電話で事情を聞くと、結局息子さんはヒーローになれず、手持ちの金も尽きたから家に帰ってきたらしい。 結局ドラ息子のプチ家出で、あのコスプレイヤーは無関係だった。 つまり俺は10日間以上も事件に無関係なコスプレ野郎を探し回っていたということだ。 今でも「コスプレ」という単語を聞くたびにあの事件を思い出す。嫌な意味で忘れられない。 ―――最近これと同じタイプの携帯が強奪された事件は無かったか? 右のポケットからZ404を箱男に見せた。箱男の低い笑いが箱から漏れる。 「この件にお前さんが絡んでるとはな」 どうやら事件の説明をする必要は無いようだ。 ―――知ってることは全部教えてくれ。 「いやいや、私も詳しくは知らない。多分お前の知っていることと大差ないさ」 結局、箱男の知っている情報も、俺の知っているゲームの情報とまったく同じだった。 携帯の争奪戦。賞金と、とっておきの秘密。それが賞品ということしか知らなかった。 ただ、このゲームに、様々なうわさが流れているらしく、7個集めないといけない。とか、いかしたペインティングをしないといけない。 と言った、だれが言ったのかわからない変な情報がばら撒かれているらしい。 馬鹿なものには、100個集めろと言ったものまであるらしい。 「ちなみに現在の所持者はただの女性だ」 おそらくあのレストランでウエイトレスから金を受け取っていた二人組みだろう。 ウエイトレスといえば、高梨ヒロキの姉がわけのわからないことを言っていたな。 ―――吸血鬼、という単語に聞き覚えは? それを聴いた瞬間、箱男は笑い出した。 「村正、村正!ようやくお前の憧れのマイク=ハマーのようなタフな探偵になってきたじゃあないか!」 ―――フィリップ=マーロウだ。そんなことはどうでもいい、教えてくれ、吸血鬼とは何だ? ニンニクと十字架が弱点の化け物とか言い出したら箱をへこましてやる。そんなことを考えていたが、箱男はボケることなく教えてくれた。 「殺し屋だよ」 ―――…何だって? 今日は本当に普段聞きなれていない単語を耳にする日だ。 吸血鬼。謎の殺し屋集団で、もらう物をもらえば大統領でもぶっ殺す。でも小切手、カードは勘弁な。 そういった奴ららしい。 「殺し屋といってもそこまで怖がる必要は無い。一部を除けば吸血鬼たちの狙いはトトだし、おとなしくしてれば死ぬことは無い。多分」 一部を除けば、というのが引っかかるが、今のところ狙われる心配はなさそうだ。 もう聞くようなことは残っていない。俺は箱男に金を渡すと、礼もそこそこに帰ろうとした。 すると、箱男が呼び止める。 ―――なんだ?金は払ったぜ。 「ところで、この写真を見てくれ。こいつをどう思う?」 箱男が取り出したのは、若い女の子が黒いドレスを着ている写真だった。 写真の女の子は引きつった笑みを浮かべている。 これは何だ?どうコメントすればいいのだ?お前の性癖なんて知ったこっちゃ無い。 ―――親戚か? 俺の答えが気に入らなかったのか、箱男はさめた口調で 「もういい。引き止めて悪かったな」 とだけいい、もう喋ろうともしなかった。 ゲームに関して、これ以上情報はたぶん手に入らないだろう。 主催者のトトや、トトの仲間でもない限り、このゲームに関しての情報はおそらくルールくらいしかわからないだろう。 次にとるべく行動は、トト、もしくはトトの仲間を探す。これはおそらく不可能だろう。 顔はおろか、本名すらわからない奴を探すのは無理だ。「太平洋でペットのクラゲを探してくれ」と言われたようなものだ。 やはり現在の所持者を探し、監視する。これしかないだろう。 所持者の関係者は知っている。あのウエイトレスだ。 五所瓦組はもう捕まえたのだろうか。電話で聞くことにする。 組長の電話に電話する。出ない。 何のためにメールで用件を伝えておく。 時間を改めて電話するか。と思ったとき、不意に呼び止められた。男の声だ。 「おい、おまえ、参加者か?」 振り向くと、レスラーを思わせる体格とは不釣合いな陰気な顔の男がいた。 ―――参加者?なんの ことでしょうか?と、とぼけようとしたら俺の携帯の着メロが鳴り響く。組長からだった。 男は無言で自分の携帯を取り出し、設定された着メロを流す。同じ着メロだった。 「これで6個目だ。後94個か」 のそのそと男は近づいてくる。 ―――…吸血鬼か? 「知っているなら話は早い。それをよこせ」 穏便に事を済ます気は無いようだ。男は片手に棍棒を持っている。 どうやら目の前にいる吸血鬼は一部を除いたほうの奴で、どんな組織にも居る血気盛んな奴らしい。 おまけに馬鹿と来た。よりによって一番うそ臭いものを信じる奴が居るとは。