I37 富士出月 五所瓦組がこのゲームに関わる羽目になったのは1ヶ月前にさかのぼる。 銀次郎の妻、智代は男顔負けの行動力とみなしごだということを除けばどこにでもいるカタギの女だった。 当時、大学で経済学部にいた銀次郎と智代は、普通に恋をし、普通に結婚し、普通に子供が生まれた。 それから20年。息子の五所瓦・ベルリーニ・健も母の行動力、父の思慮深さを受け継ぎ、次期親分の風格を漂わせていた。 出入りもなにも無く、平穏な日々が続いていた。 ある日、子分と歩きながらジャコモ一家に贈るお中元について話し合っていると居間で智代がなにやら興奮した様子で息子と話し合っていた。 智代の手には機種の古い白い携帯が握られており、いつも物静かな息子もどこと無くテンションが高かった。 二人がなぜあんなに盛り上がっているのか気になり、尋ねてみたが、教えてはくれなかった。 しかし銀次郎は深く詮索する気はなく、早々にこの話題を打ち切り子分とお中元について相談していた。 それから半月後。智代は殺されていた。死因は刃物による刺殺。場所は寂れた公園。 護衛も殺されていた。2人の死体からは現金と、護衛の持っていた拳銃、そして白い携帯電話がなくなっていた。 なぜ寂れた公園にいたのか。それは死んだ本人と、殺した本人以外、だれも知る由は無かった。 怒りと悲しみの底にいながらも、銀次郎は冷静さを失わなかった。 子分を総動員し、犯人を捜し続けたが、犯人は痕跡を何一つ残していなかった。 智代が殺されて2週間が経った。銀次郎は怒りと悲しみの底にいながら、さらに絶望の土砂で埋まることとなった。 息子の健が手紙を残し失踪したのだ。 手紙の内容は要約すると「仇をとってくる」という意味のメッセージと、この事件の原因となった「ゲーム」についてであった。 「ゲーム」についてだが、これは健の机の引き出し奥にあった一冊のノートに書き記されてあった。 ノートには、主催者と思われる人物の名前と、その素性の推測、そして「とっておきの秘密」について書かれてあった。 そして仇討ちのほうだが、これは失敗に終わったようだ。 失踪してから2日後、健は死体で発見された。 隠し持っていた小型カメラで撮影した犯人の顔を残して。 ―――その犯人が? 「この女だ」 ―――なぜ俺に依頼を? 「相手は腕利きの護衛すら簡単に殺してのけた女だ。表や裏の稼業に顔の利く人間を利用したら逆に余計見つかりにくくなる可能性もある」 …なるほど。うだつの上がらない俺はまさにうってつけの人間だったわけだ。 それにしてもあの虫しか殺せないような女が、ねえ。人は見かけによらないとは正にこの事だな。 ―――それはそうと、息子さんは「とっておきの秘密」について何か知っていたのですか? 何気なく気になっていたことを、何気なく尋ねた。 その答えがくるのをわかっていたかのように組長は一冊のノートを取り出し、件のページを開いた。 そこには主催者「トト」の「とっておきの秘密」について書かれていた。 しかしそこに書かれてあったのは文章ではなくメモのようなものだった。 以下の単語は特に重要そうに囲ってあった枠の中から抜粋したものである。 ここから トト 虚構=想像の世界⇔現実世界 @行き来できる?orAしたことがある? @の場合 行き来する方法←とっておきの秘密? Aの場合 トトが得たもの←現実と虚構の関連? 虚構世界=創造+情報世界     =万人が共通する記憶or情報 トトは虚構を生み出す力を持っている? 想像を創造? とっておきの秘密←創造する力について? ここまで ―――…つまり、どういう意味です? 意味のわからない浮世離れした単語ばかりだ。 たとえこれがメモのようなものでは無くちゃんとした文章だとしても俺には理解できないだろう。 現実と虚構の関連?俺が通っていた大学や高校でもそんなものは学ばなかったし、バイクの免許の筆記試験にも出なかった。 「おそらくこのトトという人間は何でも生み出す力があるからゲームの勝者の願いをひとつかなえてやる。という意味なのだろう」 ―――…は? 人生生きて来た中で、今日ほど頭が混乱する日は無かったし、おそらくこれから死ぬまで無いだろう。 この人は今なんていった?何でも生み出す力?優勝者には願いをひとつかなえてくれる? この主催者が?冗談か?今俺はどんな顔をしているのか。たぶん苦笑いだろう。 何だ?主催者は正体は魔法のランプの精か。ふざけろ。便器と同じ名前の癖に。 ランプの精は精らしく絵本の世界でアラジンとよろしくやってればいいんだ。 「言いたいことはわかる。私も同感だ。まったく馬鹿げている。だがね、それがたとえ真実でも単なる妄想でも、私にはどうでもいいことだ」 組長が静かに言う。 「理由はどうあれ私の妻と息子はこの女に殺された。それは真実なのだからな」 なぜ殺された2人が「ゲーム」のことを知っていたか。 智代はどうやって携帯を手に入れたのか。 もしこのメモが真実で願いが本当にかなったのだとしたら、2人は何を願おうとしたのか。 これらの謎は永遠に解き明かされることは無いだろう。 真相を知っている2人は、もうこの世にはいないのだから。 「それに例え本当に願いが叶ったとしてもどうでもいい。私の願いは、この手で女を捕らえ、侮辱された落とし前をつける。ただそれだけなのだから」 組長の瞳に静かだが、激しい怒りの光が浮かんでいる。 「この女は楽には死なさん。この女の腿肉で生ハムを作り、口に捻じ込んでくれる」 静かに語るのが逆に怖い。俺は当然の報いとはいえ、ウエイトレスに同情した。 それから少しして、俺の退路をふさいでいたゴンザレスシャツの小柄な男がやってきた。 「親分。女の家をつきとめました」 組長は笑みを浮かべるでもなく無表情だった。 「ここに連れてこい。相手は殺しのプロだ。抵抗しようがしまいが念のため手の指は全部折っておくように」 無表情で物騒なことを平然と言ってのける。ゴンザレスシャツの男もただ頷くだけで一言もしゃべらずに部屋を出る。 そのあとを体格のいい男たちがついてゆく。ゴンザレスシャツ。格好は伊達ではないが一目置かれている人物のようだ。 「さて、村正さん」 先ほどとは変わって少し穏やかな声が組長から発せられる。 「ご覧のとおりこの事件、とてもまともじゃない。それでも私は、あなたにまだ依頼したいことがあるんだが」 ―――俺に、ですか? 「ええ、あなたのおかげで女を驚くほど早く見つけることができた。もしかしたらこの事件の張本人も割りとあっさり見つけてくれるのではないか。と思ってね」 ―――つまり、このゲームに参加してくれと? 「何も五所瓦組に入ってくれと頼んでるわけではないよ。私の目的は写真の女だ。しかしこの主催者と女が知り合いだとしたらそのときは目的が増えることになるがね」 俺はフィリップ・マーロウにあこがれて探偵になった。物語の中の彼はいつだってハードボイルドで、俺のヒーローだった。 「賞金も、秘密とやらも私らには必要ないものだ。無論、報酬は別に用意させていただく」 しかし理想と現実はだいぶ違うものだ。俺はマーロウのようになりたかったが、現実世界の俺は主人公の器ではないらしい。 「ただし、前金は無しだ。報酬もトトと会話、接触できなかった場合は無しだ」 そんな俺にも、スリルとサスペンスあふれるハードボイルド小説の世界に足を踏み入れるチャンスが来た。しかも主役だ! 主役!俺が主役!!ハンフリー・ボガードでもなく、ショーン・コネリーでもない。この俺が!!! 命を落とすかもしれないというスリル。浮気調査する必要も無い。 こんなチャンス一生来ない。命を賭ける価値がある。こんな台詞が頭に浮かぶとは思わなかった。 年を食ったと思ったが、まだまだ俺のケツは青いようだ。 「受けるも受けないも君の自由だ。依頼を受けてくれるかね?」 首を横に振るはずが無い。 …と、まあこれがこの俺、村正竜作の一世一代の大勝負の始まりだ。 依頼を受けた俺は、今後のことについて組長と話し合った。 携帯の所持者は、トトのホームページにて公開される。五所瓦組が所持者について調べ、俺がその所持者を見つけ、見張る。 そして力づくで携帯を奪い取る。という方針だ。 情報が来るまで自宅で待機することにした俺は席を立った。 そのとき、またゴンザレスシャツの男が現れた。違いはこの男は「ゴンザレスの大冒険2」と書かれていたことだ。 どこに売ってるんだこのシャツ。 そしてその2シャツの男の後ろには、下っ端のチンピラ風の男が立っていた。 …この男には見覚えが…!思い出した。あのデカい女の連れだ。 なんて世界は狭いんだ。 あとチンピラ、確かに俺の身なりはくたびれているが俺は探偵だ。その「同類か」というような目つきはやめてくれ。 ちなみになぜ俺をここにつれて来る途中わざわざ薬を使ってまで拉致まがいのことをしたのか尋ねたら、 「スリル満点だっただろう?」 との事だ。つまり特に意味は無いということか。あほくさ。