I18 富士出月 写真の人物、ウエイトレスは携帯電話を取り出していた。古く、白いシンプルな奴だった。 Z404。俺のと同じ機種だ。座っていた女も携帯を出していた。これも同じ機種だった。 この機種にしてから大分経つが、まだこの携帯は現役だったのか。 それはさておき、依頼主に発見の連絡をしなければならない。 携帯電話を取り出し、開いた。 電池が切れていた。 電源を長押しする。電源が付く。バッテリー切れの表示が出る。 最後に充電したのは2週間前だ。だれからも電話がかかってこない上にメールをする相手もいないのでとても長持ちしている。 しかし肝心なときに相棒は腹をすかして根を上げていた。 仕方ない。確か封筒に依頼主の電話番号が書かれていた紙切れがあったはずだ。 店の電話を借りようと席を立った。何気なく3人のテーブルに目を向ける。 俺は目を疑った。ウエイトレスが札束の入った封筒をぽんと無造作に置いていた。 10万くらいか。なにやらきな臭い雰囲気になってきた。 俺は電話を探すフリをして3人の会話に聞き耳を立てた。立てようとした。 しかし、位置が悪かったのか別の席の話し声がうるさく聞き取れなかった。 さっきのでかい女性だった。 さっきは背で俺の視界を遮り、今度は世間話で俺の聴覚を遮るかこの女は。 しかし、この女の会話は、あのテーブルの封筒より興味が沸く内容だった。 トト、満月の夜、携帯電話、とっておきの秘密と、少しばかりの賞金。 トトってなんだ、オズの魔法使いか、サッカーくじか、それとも便器か? 話をまとめると、そのトトさんが携帯争奪ゲームを開きました。優勝者には豪華賞金と情報です。ということか。 しかしその後に出てくる単語は金持ちの道楽レベルの話ではなかった。 所持者の情報が公開される。超法規的手段が許される。 つまり、ころしてでもうばいとる。と言う選択手段もあるわけだ。 いよいよあの依頼人もきな臭くなってきた。 最初は家出娘の動向の調査かと思ったがそうではないようだ。 俺に彼女を見張らせておき、俺みたいな何も知らないチンピラくずれを雇い奪うつもりだったのだろう。 おそらく写真は公開された情報のひとつなのだろう。 と言うことは、このトトって奴も何人か手下を使い携帯と所持者を監視していると言うことだ。 そして今もどこかで所持者を監視しているはずだ。 ますます小説の世界に近づいてきた。 途方もない話、俺みたいな喰いっぱぐれの立ち入られないような世界。 俺はそんな世界に片足を突っ込んでいた。 …と、まあこれがこの俺、村正竜作のこの馬鹿げたストーリーのプロローグだ。 依頼人には悪いが、この仕事はキャンセルだ。金は欲しいがトラブルは間に合っている。 早速仕事のキャンセルを伝えよう。 携帯電話を取り出し、開いた。 電池が切れていたのを忘れていた。 レジの横の電話を借り、ダイヤルする。 受話器をとる、ダイヤルを入力する。それだけの間に事態は急展開を迎えていた。 トレイが大きな音を立てて落ちる。 ウエイトレスが怯えている。 ウエイトレスの向かいにいるのは、またあのでかい女だった。 まためんどくさいことになりそうだ。 とことん俺がして欲しくない行動ばかり取るなこの女は。 「さあ、お客様、他のお客様のご迷惑となりますので、お話し合いは店の外でお願いします!」 「……お、おうおう!頼まれたってこんな店、一秒だって居やしないわよ!来なさい、草吉。話の続きよ!」 最近見た映画の役者より下手な演技をしながら、二人組が店を出ようとする。 「待ちなさい。あなた、さっきこの子から何か受け取ったでしょ?」  女の目はカエルを睨む蛇のような目だった。 「……あなたたちも、吸血鬼どものイヌかしら?」 …吸血鬼? 小説のような世界と俺は言ったが、どうやらサスペンスものではなく、中高生が読むライト・ノベルの世界なのかもしれない。 だとしたら畑違いどころの騒ぎではない。巻き込むんだったら他の夢見がちな奴をあたってくれ。 俺を巻き込むんだったらハードボイルド小説の世界のときに声をかけてくれ。