J74 わわわ 「い・や・だ」 「うー、佐藤君は手伝ってくれるって言ったよ?」 次の休み時間には来なかったのであきらめたのだろうと考えたが、立花は昼休みに佐藤の手を引いてやってきた。 阿呆面と言っても差し支えないだろう、満面の笑みで。 「ジュン…」 「僕はって、言ったよ」 「ねー、どうせ暇でしょ?」 「暇でもお断りだけど、用事あるし」 「用事って?」 「謎の物体Xダンボール梱包済みを探しに行く」 「…それって佐藤君より大事?」 「ジュンの比重そんなに重たくなし」 「ひどい」 どうでもよさそうに傷ついたと主張する佐藤の頭を立花がよしよしと撫でる。 「少なくとも立花よりは重いから気にするな」 「もういいもん。どうせ私よりちっさい竹下君は役立たずだし」 「ていうか、携帯はなんともなかったんだろ?なら、それでいいじゃん」 「よくなーい。それは痴漢にあっても減るもんじゃないからって言うのと同じじゃない」 言いたいことは分からなくもないが、犯人を見つけたところで手元にあるのは使った痕跡のない携帯。 盗品が手元に戻ってきた今、盗難を立証する術もないし、リスクを犯してやることではないと竹下は思うが、 立花は何を言っても気が済むまで聞きはしないだろう。 今回の計画のリーダ土井とて同じようなものだが、立花より厄介な彼女に進言する気は起きない。 「分かったから、勝手にやってくれ。俺に関わらないで」 「僕は生け贄?」 「自分でやるって言ったんだから頑張れドナドナ」 「ふーん、後で後悔しても遅いんだからねっ」 よく分からない捨て台詞を残すと、売られて行く子牛の目をした佐藤を引きずって立花は教室を出て行った。 「…何を?」 何をか分からないが、確かに後で竹下は後悔した。 「あら…彼も?」 いざ放課後。立花に引っ張られてきた佐藤を見て土井はとまどったように目を泳がせた。 どうやら、仲間集めは立花の独断によるものだったらしい。 「だって、人が多い方が安心じゃないですか」 「人が多すぎて相手にばれたら意味がないでしょう?」 「うー」 「必要ないなら僕は別にそれで」 「そうね……二人とも文芸部員だし、部室に居ても怪しくないわね。佐藤君、お願いできるかしら」 「はあ、見てるだけでいいなら」 「えっと先輩。部室は佐藤君に任せて、私は横の教室に待機してようと思うんですが」 「なぜ?」 「だって何かあった時に誰かすぐ行ける方が安心じゃないですか」 「それは、その誰かがトラブルに対応できるだけの能力を持ち合わせている場合の話でしょう?」 「そう言われたら、そうなんですけど。ほんとは佐藤君にさせようと思ったけど、役に立ちそうにないし…」 「ひどい」 やはり抑揚なく抗議の声を上げた佐藤は無視された。 「協力して貰っている上で言うのはおかしいと分かっているけど、これは最低限あなたたちの身の安全を確保した上でのお願いなの」 「うー、分かりましたぁ」 遠くからの監視が人に頼る事を嫌う土井の最低ラインなのだろう。 そして、分かりやすく言えば足を引っ張るな、ということだ。 「じゃあ、そろそろ行くわね。お願いします」 椅子から腰を上げた土井は刀を腰に腰に佩くように傘を掴み上げ、部室から見える生徒指導室を横目でちらりと見た。 「先輩大丈夫かなぁ」 「多分、そろそろ戻ってきますよ」 「ああぁー、やっぱり付いて行けばよかったよー」 「…」 「何か言ってよ、薄情者」 「付いて行っても話をかき混ぜそうだから邪魔になるので、わ」 佐藤が心にしまっていた言葉を出したら、立花に蹴られた。 「心配じゃないの?」 「だって、何も起きないと見てるしか出来ませんし」 「そんな分かってるけど…もきゃっー」 プレッシャーに耐えれなくなった立花は、よく分からない奇声を上げながらじたばたする。 「ただいま」 部室の入り口に立つ土井は無事なようだが表情は暗い。 「うあぁっ、お帰りなさいっ、よかったー」 「心配してくれて有難う。でも、残念ながら違ったわ」 「うそー」 立花が諦めきれない様子を隠さずそう言うと、土井は胸元に手を突っ込みICプレイヤーを取り出した。 「一応、会話録音して来たけど聞いてみる?」 「うー、せっかくだし―あ、先生?」 いつの間にか、文芸部の副顧問である毛利が土井の後ろに立っていた。 部活動自体の回数が少ない文芸部なので顧問教諭である水川でさえろくに話した事もない一年生にとって、 副顧問である毛利は一度挨拶した程度で馴染みがなかった。 彼が授業を担当するのは二年生のみなのでなおさらだ。 「今日は水川先生に活動の許可を取って部室を開放していますが、どうかされたんですか?」 「……」 自分の後ろにいきなり現れた毛利ぎょっとして振り返った土井が尋ねるが、毛利は何も言わずにただ虚ろに土井を見返すだけだ。 「あのー」 固まった空気に耐えられなくなった立花が声を発すると、毛利はいきなり土井の首に手を伸ばした。