H68 わわわ 「本日の営業時間は終了しました。又のご利用は営業時間にお願いします」 「営業時間っていつよ?話くらい聞いてくれたっていいでしょぉー」 「立花が何度も同じ事言うからだろ。次の営業時間は未定です、またのお越しをお待ちしています」 「もういいもん、また来てやる」 本日二度目のやり取り、ドラクエ式三顧の礼でもやるつもりか。 朝に一度話を聞いて竹下が断ったにも関わらず、しつこく休み時間の度に立花は竹下の元を訪れる。 単純で裏表の無い性格は好ましく思えるが、同じように世の物事もそうだと考えるとなると、これはよろしくない。 立花の携帯が見つかり、彼女が暴走してどこかに行った日。 結局、彼女が向かったのは件のコンビニだった。『手がかりといえば現場にある』それは間違っていないが、 それが不特定多数が出入りする場所で、日数も経過しているとなるとあまり期待できない。 しかし、興奮状態の彼女はそうは考えなかったようだ。自分が見たモノの中に、疑わしいモノが目に飛び込んできたから。 それは彼女の通う学校に勤める教師田代氏だった。 彼の行う授業は可もなく不可もなく、寒いジョークを飛ばす事もないが面白い小話をすることもない。 生徒からみれどうでもいい教師だ。ただし、学校という狭い世間の中では小さな噂話も大きな付加価値になりうる。 奥さんが美人だったり、有名人が教え子にいたり…悲しいかな、田代に加えられたイメージは良いものでなかった。 独身、コンビニで食玩を漁る姿、何も言わずにじっと見つめてきた、廊下で変な鼻歌を歌っていた、笑顔が気持ち悪かった等、 言い掛かりとしか言えないものもあるが、主に女子生徒から忌諱されるには十分だった。 結果として、立花の頭の中では『自分の携帯を盗ったのは田代』という結論にいたったらしい。 理由としては、 ・生徒が自由に動けない授業時間は逆に教師は自由に動ける時間である。携帯が取られた日は午後に体育があった。 ・さっきコンビニでめっちゃ目が合った、すごい見られた。 以上のお粗末なものだったので竹下に窘められて大人しくなったが、それでは収まらなかったらしい。 その夜、立花は携帯が見つかった報告メールを全員に送った。 すると実は立花の携帯がなくなった後に不審な電話があった者が複数いた事が分かった。 立花が気にするといけないからと、こっそり相談しあってだまっていたそうだ。 まず、立花の携帯がなくなった日の夕方ごろに立花の携帯から一回着信履歴が残された者が多数。 基本的に番号を登録していた者の多くがバレー部に所属していたため、放課後は部活の練習をしていて誰も電話に出れずに、 着信履歴だけが残った。 普通なら皆が電話かメールを返すだけで終わったが、練習後に携帯をチェックすると立花からの着信がほぼ全員に残っており、 電話もメールも反応がなかった為に軽い騒ぎになった。 何かあったのかもしれないと職員室に押しかけると、立花の携帯が紛失したことを教えられて騒ぎは収まった。 高校以外の友人、知人も大方こんな感じで一回着信履歴が残っていただけなので特に気にする者はなく、携帯が紛失したことを知らなかった者も多かった。 その後も2、3度知らない電話番号から電話があった者は数人。 着信拒否してもずっと電話が定期的にかかってくる者が3人残った。 一人目は岡本加奈子、バレー部に所属する一人だ。 電話は気持ち悪いが、もしかしたら電話が盗まれたのは自分のせいかも知れないと思い言えなかったそうだ。 中学生の時に似たような嫌がらせを受けた事があったらしい。 二人目は山田健太、立花のクラスメイトの一人だ。 しぐさが女っぽいというか、オカマっぽいという理由から面白半分にからかわれる事がよくある。 なので、今回も女子グループが反応を見て楽しんでいるのだろうと思って無視していたらしい。 しかし、それにしてはワン切りを繰り返すだけで変だとは思っていたので、これを立花に話す気になったそうだ。 三人目は土井香織、部活の先輩だ。 前々から固定電話への不審な電話、意味の分からない手紙が送られてくる等があり、今回の電話もそうなのかと思っていた。 ただし、肩よりも長い髪をばっさりと切ってからはなぜかそういったことがなくなった。 立花も協力者の可能性があるので話さなかった。 そして昨日、立花は土井に相談があると言われ放課後になるとマックに連れて行かれた。 「先輩…お話というのは?」 買ってもらったジンジャエールを差し出されて、立花は両手でそれを受け取りながら尋ねると土井は困ったように笑う。 「そんなに構える話じゃないわ。ちょっと安全策として協力者が欲しいの」 そうさらっと言われて、立花が蓋に挿そうとしていたストローはくにゃりと曲がって折れた。 土井の話とは犯人を見つけないかという話だった。 土井はストーカー紛いの事をされて気分が悪いのに犯人は見つからず、ずっとイライラしていたそうだ。 せめて犯人が絞れないかと黒白付ける意味で田代に鎌をかけたところ、引っかかった。 明日の放課後、生徒指導室で話をするから別のところで監視していて欲しい。 田代がストーカーじゃなくとも、携帯を盗んだ犯人かもしれないし、 拾った携帯からデータだけを盗み他の二人に嫌がらせをしている犯人かもしれない。 証拠がまったくないのだから犯人じゃない可能性の方が高いだろうが、それでもいいなら手を貸してくれないかと。 「付いていかなくて大丈夫なんですか?」 「女二人居てもどうかなると思えないし、あなたに怪我をされても嫌だもの」 「先輩は大丈夫なんですか?」 「私はこのまま泣き寝入りするくらいなら、怪我して刑事事件にした方がマシよ」 「うー。私は部室から見てて、何かあったら誰か呼んで来たらいいんですよね?」 立花の通う高校の校舎の一角はコの字が潰れたような形をしており、文芸部の部室と生徒指導室は向かい合うように位置している。 窓はいつもカーテンが引かれていて中が覗けないようにされているが、言い争えば外に声は聞こえる。 窓側に居られるなら、中の異変を知らせるのは容易いことだろう。 「そう、お願いできるかしら?」