H27 わわわ 携帯の盗難を担任教師に訴えたが立花が単に家に忘れたのではないかと疑われ、 落し物として見つかるかもしれないから明日もう一度来なさいと言われて追い返されてしまった。 ただし警察には被害届けを出さないようにと念を押されて。 騒ぎにすれば君だけの問題じゃなくなるんだよ?誰かの進路に影響が出たと恨まれるのは君だと、 遠まわしな言い方をしてきたがそれは軽い脅しだ。 立花が腹立ち紛れに校舎の壁を伝うパイプを蹴り飛ばす。 「もう一度かけてみますか?」 「どーせ、圏外のメッセージだからいいよ。あーっ、ムカツクッ!ひっあああ!?」 老朽化しているパイプが大きく揺れると、雨どいに溜まっていた水が降って来た。 「…大丈夫ですか?」 「見りゃ分かるでしょー?背中がぴっとりするぅ」 自業自得だが、見事に頭から水を被った立花は水が直撃した背中を確認しようと背を反らす。 連日の雨のおかげで、雨どいが汚れていなかっただけまだマシというものか。 「…厄日だな」 「もー、こんなんじゃ電車乗れないし、最悪っ」 「大丈夫だって、気にすんな」 「絶対人にじろじろ見られるからヤッ!歩いて帰る」 帰宅ラッシュの時間帯なのだから多少注目を浴びるのは仕方が無い。 しかし必要以上に他者に干渉しない密閉空間の中で、子供やおばちゃんの容赦のない好奇の視線に晒されるといたたまれくなるのも確かだ。 「そうだ体操服着て帰るのはどうですか?」 「制服抱えて?それに髪濡れてるからいっしょだよ。私も坊主だったら水道で頭洗ってもすぐ乾くのに」 これならと思った案を一刀両断されてしょげた佐藤を尻目に、立花は髪を弄りながらぼやく。 部活を終えて水洗い場で頭から水を浴びている運動部の生徒達が恨めしい。 「そんなに気になるなら、風呂貸そうか?」 「悪くない?」 「別に?まあ、このまま放って帰るのもね」 「うーん…じゃあ、お願いします」 畳み掛けて降りかかって来た災厄にヒステリーを起こしかけていた立花を 見かねた竹下が出した助け舟に、立花も八つ当たりして悪いと思ったのか素直に頷いた。 「お姉ちゃん、どれがいい?」 「えっとねぇ、ブドー味。ありがとー」 「アカリも同じのにする」 風呂上りの二人はえへへと笑いあいながら、箱の中からアイスキャンディーを選ぶ。 ずるずると夕飯までご馳走になる事になってしまったが、立花はアカリと一緒にすっかり寛いでいる。 「足ちょっとどけて」 「おっと、ごめん」 竹下が運んできたホットプレートをテーブルの上にセットする。 「何か手伝うことある?」 「お好み焼きだからないかな。アカリの相手してて、それが一番助かる」 TVの怪談を見てからトイレも寝るのも一人じゃ怖いと、アカリの怖がりが増して困ってた。 「アカリ邪魔じゃないもん」 「風呂だって、もう一人で入れるって自分で言ったのに入れないじゃん」 「だって、マホちゃんがまた怖い話するから…」 「怪談ねぇ、どんなの?」 「うんとね、黒マントがでるの」 「赤マント、青マントの親戚?」 「竹炭入りかよ」 何の意味があるのか流行りとなればトイレットペーパーにまで及ぶ健康ブームは理解できない。 竹下が馬鹿にして突っ込むとアカリに睨まれた。 赤マントは血みどろ、青マントは血液がなくなる、ならば黒マントは干からびるのだろうか? 「ちがう。黒マントに捕まるとね、ずっと出れない建物に閉じ込められるの」 「なんだか昔話みたいね」 黄昏時に人攫いが来て籠に詰められて売られてゆく。 黒マントと言われてもタキシード仮面くらいしか思い浮かばない立花には笑える話だが、アカリにとっては切実な問題なのだろう。 実際にそんなものが居れば人目について仕方が無いが、 その現実の合間を縫って現れる抗えないモノ、というのが恐怖の原因の一つだから。 「撃退する方法とか無いの?」 怪談にも何かしらセオリーがある。 さっちゃんにはバナナ、口裂け女にはポマードにべっ甲飴、赤マントなら何も要らないと答える。 「んとね、カメラのパシャって光るやつで逃げていくって」 「何かよわっちぃー」 「フラッシュ焚くだけでいいなら携帯持ってるから大丈夫だろ」 「だってお風呂入るとき持ってないもん」 「まあ、そりゃそうだ」 お化けに対してだけでなく、実際のところ風呂に刀を持ち込む侍でもない限り誰しも風呂に入ってる間は無防備だ。 「じゃあ私、今出たらヤバイなぁ。てゆうか、あーもー、携帯なんか盗ってどうすんのよ」 携帯の話が出て収まりかけていた怒りがまた沸々とわいてきた。 立花は腹立ち紛れに食べ終わったアイスキャンディーの棒を真っ二つに折る。 「七つ集めると呪いに使えるとか。妥当な線で嫌がらせ?」 「そんな、心辺りないし」 「別に恨まれてなくても、愉快犯かもしれないし。俺はからは運が悪かった換え時だったんだ諦めろとしか言えない」 「うー」 携帯本体は古いとはいえそれなりに流行った型だからプレミアが付くなんてことはまずない。 中の情報を売ろうにもたかが数十人の携帯番号が高く売れるとも思えない。 ましてや携帯を集める呪いなんて聞いたこともない。せいぜい自分の携帯に電話すると願いをかなえて貰えたり、 自分の死因が分かったりするという話を聞いたことがある程度だ。 「立花さーん、洗濯機止まりましたよー」 「ありがとー」 洗濯機が仕事を終えたピーピーという電子音の後に、台所に居る佐藤の声が続く。 立花もさすがに清潔とは言えない水に濡れた制服をそのまま乾かすのは嫌だったので、洗濯機も借りてしまった。 「うちのは乾燥機付いてないからしっとりしてるけど、とりあえず扇風機の前に干しときなよ」 「んー、帰るまでに乾くかな。そだ、ここら辺コインランドリーある?」 「潰れてなかったある」 「じゃあ、そこで乾かして帰る」 店員も居らず空調の効いたコインランドリーは不良の溜まり場になりやすい。 一人だと危ないからと一人付いていくことになり、帰りがまた危ないからとまた一人、 家に一人アカリを置いておくのは危ない、と白ヤギさんと黒ヤギさんのようになって結局全員で夜の散歩となった。 「何あれ…」 明治大正時代の日本ならともかく、現代日本で日常的にマントを羽織っている人間はまず居ない。 パーティーグッズの仮装コーナーを探せばバットマンや手品師の衣装があるかもしれないが、 普通それを普段着にする者は居ない。いるとしたら変態か変人だ。 変態か変人か分からないが、コインランドリーという狭く場違いな空間に赤いマスクを被り、黒マントを着た男が見える。 その影に隠れて小柄な人影も見えるが、コインランドリーから少し離れたところから窓越しに覗いているのでどういう状況かわからない。 「そういうプレイ…?お笑い芸人の練習中?」 「別にケンカしてるわけじゃないんだよな…?」 何か話しているように見えるが争っている様子は無い。 「入りますか…?」 「それはやだ」 「あれが黒マントだっりしてな。コインランドリーで一人で居る人間を袋に詰めて」 「ゆ、だめっ!いやぁっ、もがーっ!」 「こっち見たっ!?」 「走れっ!」 悲鳴を上げるアカリの口を竹下が塞いだが遅かった。 目の前の人間に気を取られていた黒マントも、さすがにこちらに気が付いた。