H17 わわわ 中止になった部活動のせいで短くなってしまった放課後をどうするべきか。 さっさと帰宅するのも、図書室に寄って宿題を済ましてしまうのもいいだろう。 結局、中途半端な時間をもてあました3人は公園でアイスを食べるという行動を選んだ。 この城址にある公園は、周りの堀が残っているせいもあってか、街中にあってもここだけ別の空間のようだ。 「あ゛ぁー、生き返る〜」 ベンチに座った立花はバッサバッサとスカートを扇いで風を服の中に通しながら、親父臭く呻いた。 木陰の恩恵は地面が照り返す初夏の日差しを遮ってくれるだけでない。風が少しあるだけで嘘のように涼しくなる。 薄っすらと滲む汗がどんどん引いていき少々肌寒いくらいだ。 「あらやだ、はしたなくってよ」 竹下は迷惑そうに立花から少し離れてベンチに座る。 「ハーパン履いてるもん。何でおねぇ言葉?」 「スカートぶつかるっつーの」 「あーら、ごめんあそばせ」 立花はスカートを扇ぐのをやめたが、ちっとも悪びれた様子もなく今度は背中をパタパタしだした。 「ユタ、はい」 「ありがと」 佐藤がスーパーの袋から取り出したカップかき氷を竹下に差し出したのを横目で見ると、立花もえへっと笑って手を伸ばす。 「佐藤君、私もアイスちょーだい」 「…立花さんは」 「ん?」 「落ち着きないですね」 佐藤の一言に、へらへら笑っていた立花の笑顔が固まる。 確かに立花は年の割りに落ち着いて見えますね、とか言われたこともないし言われたいとも思わないが、 同い年の人間に言われるとムカッとくる。 「いいじゃん、年相応でさぁ!佐藤君なんかおじいちゃんみたいじゃん、ぼっそと一言多いよ!?」 「すいません」 佐藤は苦笑しつつ半分に折ったチューブアイスを立花に渡した。 「もー、2本とも食べちゃうよ。ちょっと竹下君、今心の中で鼻で笑ったでしょ?」 「いや、普通に笑ってるよ」 竹下は言葉通りにアハハハと棒読みしてから鼻で笑う。 「うきゃーっ!」 「猿かっ!」 やりようのない憤りを言葉に出来ず、立花がベンチの背もたれを掴んで揺らしながら奇声を上げる。 竹下が落としそうになった容器を抱えなおして、突っ込むと立花は奇行を止めた。 否、別の事に興味を取られてて止めただけだった。 「あーあー、土井先輩見っけ」 「あれか?」 確かに土井に背格好のの似た同校の生徒が向かいの通りを誰かと歩いているのが見える。 公園は高台にあるおかげでよく辺りが見渡せるが、あれが土井かと言われれば分からない距離だ。 「ほら、あの傘。浴衣みたいな柄のやつ、土井先輩のだもん」 「よく見てるね」 「先輩寄るところあるって言ってたから、彼氏とデートかと思ったのにー」 立花が残念そうにぼやく。 土井の隣に居るのは土井より一回り小柄な女性だ。 「――――――ッ!」 「は?何?」 何を言っているのか分からないが、どこからか誰かが叫んでいる声が聞こえる。 「ドロボーーーーーッ!」 今度は何を言ったか聞き取れた。 「泥棒?」 声は公園内からではなく、土井達の居る通りがある方向から聞こえる。 おそらく人々の視線をものともせずに通りを全力で走っている男女の二人組みに向けられた声だ。 同じように二人の後を追いかけている男が一人居る。彼が叫んだのだろう。 「ひったくり?」 「真昼間から徒歩でひったくりてどんな馬鹿だよ」 「変態さん?」 「普通に泥棒なんじゃないですか」 目の前で犯罪が起きていても、堀に飛び込むわけにもいかず3人は見ているしかない。 土井は場違いな追いかけっこをしている人間達が自分の方へ向かってくるのが分かると、さっさと店の軒下に避難した。 しかし、一緒に居た女性は走ってくる二人を止めるか、避けるか迷ったのだろう。 おたおたとしていた女性はデコピンされたハムスターのようにふっとばされた。 お尻から植え込みに突っ込み、尻餅を着く事はなかったが、ぶつかった拍子に手にしていた紙をバラ撒く。 「あーあ…」 バラ撒かれた紙は風に飛ばされ車に引かれ散々だ。 「バラ撒いたのは写真よ」 「旅行にいっしょに行ったんですか?」 土井は昨日の出来事を興味津々に尋ねる立花を見てため息を吐く。 見てしまったからには気になるのが人の性、とはいえ何かを期待されても困る。 例によって部長がまだ来ていないので、部室に居てもくだを巻いているしかないので話に付き合っているが、 立花達が目撃したままなのだから話す事が無い。 「犬の写真。あの子にうちで生まれた子犬をあげたの」 「あー、やっぱ養子に出しても気になりますもんね」 「養子じゃなくて里子ね。気にはなるけど、度が過ぎてるとちょっと…」 「ジジババ状態でも、可愛がってるならいいじゃないですか」 無残な姿になった写真を前に、まるで轢かれたのが愛犬その物であるかのように悲嘆にくれる従姉妹を思い出すと、土井にはそう思えない。 「でも、躾は大事でしょう?特にシェパードは警察犬のイメージが強いのにはそれなりに理由があるわけで」 「みんな同じだと思うけどなぁ」 薮蛇だった。土井は手持ち無沙汰に机に溜まったコップの水滴を指先で広げていたのをピタリと止める。 「植物だって日当たりの良いところ好むとか、湿気に弱いとかあるでしょう。動物もそれと同じことよ。 いくら可愛がっていてもね、人に危害を加えたら犬が悪いってそれでお仕舞いなんだから」 「そっかー、色々あるんですね。佐藤君はペット飼わないの?」 立花は助け船を求めて、ぼーっとしていた佐藤君に話を振ってみる。 「…僕は猫派なんで」 が、適当にかわされてしまった。 「うちは金魚の金ちゃんが居るしな」 適当な相槌を挟んできた竹下は、『浮遊霊の作り方』というふざけた名前のいかにも昭和といった感じの装丁をした本を読んでいる。 「何それ、どっから発掘してきたの?」 「ここの椅子の下から」 竹下の座っている小さなベンチのような物の下には、いつからあるのか分からない本やら紙の束が詰まっていた。 隙間からは誰が置いていったのか、ゲームの攻略本の表紙がはみ出していたりする。 「ダニが沸いてそうね」 「かゆっ!うああ、古い本って触っただけで病気になりそう」 「なんじゃそら…ほれっ」 「わあっ、やめっ!」 すでに謎の病に感染したかのような扱いに竹下が呆れた声をあげ、立花に向けてフェンシングの要領で本を突き出すと、 立花は狭い部室の中をギクシャクとした盆踊りを踊るように逃げ回った。 「お前ら何遊んでるんだ」 狭い部室で暴れる2人に呆れて、戸口に突っ立ったまま部長が声をかける。 「助けて部長ー!ああーっ、もー最悪っ!」 「ごめん」 「何やってるんだ、ほんとに…」 立花は口を開けたままだった鞄を蹴り飛ばし中身をぶち撒けた。 「もー…あれ?」 悪態をつきながら、床に散らばった中身をを拾い集めていた立花がいきなり鞄をひっくり返してまた中身を床にバラ撒く。 「虫でも入った?」 「うっそ、携帯が無い」 いつも入れている鞄の内ポケットを探っても、鞄を逆さに振っても出てこない。 さーっと血の気が引いていき立花の頭はパニックになる。 「どっか隙間に入り込んだんじゃない?」 ゴチャゴチャとした部室には吸い込むように物が入り込む隙間が多く存在する。 「うー」 「誰か立花の携帯にかけてみろ、電源切ってなければ音がするだろ」 「マナーモードのはずです!ああー、番号わかんない。佐藤君かけてっ」 「分かった」 立花に言われて、佐藤が自分の携帯から立花の携帯に電話をかけた。 皆黙って耳を澄ますが、遠くから聞こえる他の生徒達の声しかしない。 「ああー、どーしよー」 「最後に使ったのは?家に忘れて来たんじゃないのか?」 「お昼休みに使いましたよぉ。また、盗難だったらどうしよう…」 昨日の部活が潰れたのも携帯の盗難事件のせいだった。 他学年の居ない三年生の模試が行われた日に盗難事件が起こった為に学年集会は三年生だけですんだが、 今日全校放送で注意があったばっかりだ。 「携帯なんか何個も盗んでもしゃあないし、教室にあるんじゃない?」 「探してくるっ!」 「待て立花。携帯の特徴は?」 「えっとですね、白くてー、目玉親父のご当地ストラップ付けてますっ!八橋の」 部室を飛び出そうとした立花に部長が尋ねると、立花は指で四角を画きながら説明するが携帯はみんな四角い。 「機種は?」 「えー、覚えて無いです。結構、古いのなんですけど」 「そうか。とりあえず私が落し物に携帯が無いか聞いてくるから、佐藤は立花に着いて行って一緒に探せ。 あとの二人は部室をもう一度す。これでいいか?」 「うー、お願いします。佐藤君早くっ」 立花に急かされ佐藤は体をあちこちにぶつけながら部室を抜け出した。