F61 crossdresser  麒麟は私の事を、変わった物が好きな人と思っています。実際は違うのですが、大きく違う訳でもありません。 トト視点で送る優雅な一日 〔午後一時から午後十一時まで〕  麒麟の相手をする時などは、流石に寝ている訳には行かなくて、そして最低でも夕ご飯は私が作らないとこの家から出ていくと麒麟は言うので、少なくともその間は起きています。  他の時間は起きていた所でしようがありませんので、お薬で毎日十四時間ぐらい寝てます。私が寝ている間は家政婦さんが麒麟にご飯を作ってくれます。お休みの日は、三食分を。特段裕福な家庭に生まれたわけではありませんが、お金はあります。  私は働いていません。外出する事はありますが他愛もない買い物の場合が殆どです。学生でもないのでNEETと呼ばれて然るべきだと思いますが、お金はたっぷりあります。  麒麟は私が丁寧語で喋るのを酷く嫌がります。注文が多いとは思いません。基本的に、私は選択権を持ちません。  麒麟は筋金入りのMです。火遊び以外のありとあらゆる遊びに手を出してきました。最早私の手で殺される事さえ良しとします。無論私としては死なれては困りますので、困ります。  何時か麒麟が言いました。 【私、わたつぃさあ、貴方様に殺されたいんだよねええええeeeeeeぇえ】  私はそれが彼の本心でないと考えています。人の手で殺される事が彼にとっての幸せなら、私はどうしてもそれを叶える事ができきません。  私はSではありませんので、麒麟を痛めつけるのは苦痛でしかありません。我慢します。しかし、露骨に辛そうな表情をしていても麒麟に怒られます。  麒麟は私に演技指導をします。演技の上での表情、行動にも悦ぶのだろうかと思いましたが、麒麟曰く、私がしっかり演技している方が、より飽きが来ない、らしいです。  麒麟が、人を呼ぼうと言った事もありました。 【ハーレム作りたいのハーレム。ね。屈強な奴とか集めてもどうしようもないけど。なんか、贄っぽい振る舞いがしたいわけよ。願望ね願望。妄想ね妄想。  そりゃさ、色々と始まれば私も役に入りきるわけで。こんな可愛い男の子が、だ。人も集まってくれんじゃね?】  集まりました。麒麟の願望は満たされませんでした。麒麟は普通の人間率というものの見積もりを誤っていました。  この世界に地獄というものは、実は無い事を麒麟は知りませんでした。 【ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう】  麒麟は爆弾です。私が保証します。爆弾という物の存在意義は恐らく弾ける事にあるので、爆弾である彼は、最終的に弾ける運命にあり、それを究極としていると考えます。彼の被虐願望はそこに理由がある……かどうかは、分かりかねますが、自分に点火されること、つまり死ぬ事を恐れても居ます。  殺される事を望み。 【ア、ぁあ……なんとかしてよ、この気持ち】  私のゲーム上の呼称はトトという名を使っています。ゲームの登場人物で、大好きなキャラクターが二人居て、そこから拝借した名前です。  青年と魔女のトト。麒麟は片方しか知らない筈ですが、トトという名をいたく気に入ったらしく、普段から私の事をトトと呼びます。  私は麒麟を麒麟と呼びます。私がトトなので、彼のゲーム上の呼称はエリナーとしましたが、私は単純に麒麟という名が好きなので、麒麟と読んでいます。 【あぁああァァあどったんばったん】  麒麟の名を呼ぶたび芸人さん二人の顔が思考をちらつく頃もありました。  私と麒麟。  家族ではありません。  仲間とも違います。  恋人達と呼ぶには歪んでいます。  それでも、私たちは今日も、共に生活しています。麒麟はどうやら楽しいらしく。私の起床を待ちわび、就寝を惜しむ麒麟の気持ちが、その声、表情から滲んでいて。  麒麟は真っ白な肌。つり目で一重で、睫が長くて。  麒麟は顔を傷つけられる事を拒み、私が傷つける事もありませんでした。きっと誰にも傷つけられる事もなかったのでしょう。その、自分の顔を守る気持ちは私には分かりません。  勝手なイメージですが、被虐願望があるのならば、痛点が密集している場所、顔を傷つけられるのはむしろ、望む所ではないのだろうか、と不思議なのです。  麒麟は真っ黒な短い髪。薄い唇。その右下に小さなホクロ。  私は考えます。私が、麒麟の顔を褒めた事があったから顔を守っているのだろうか、などと。その発想は流石に自意識過剰かもしれない、などと。 麒麟は下唇に左手の人差し指を沿え、左手首を右手でゆるく握り、右足を曲げ、左足は伸ばす。中身は見えないように。 (サービスシーン)  自分の事を可愛いと自称している麒麟ですが、私から見ても、可愛いと思います。 【誘い受けったってさぁ、こんなに可愛いと、傷つけたい!とは思われないっしょ?いや、逆か?ま何にしろさ。ついつい痛めつけたくなる性格、みたいな?そんな風に成長する方法もわかんないしよう】  女の子に見えます。そろそろ明らかに男女の差が出てきてもおかしくない年頃で、この、愛らしい事は。 【てゆーかね、テメーさまをSに育てるのが自信がねーのよ、私】  やはり、今だから可愛いのでしょうか。このまま時が経てば、お兄さん化していくのでしょうか。 麒麟は赤い水着で、ビールジョッキを持って、その杯を掲げ、首だけで振り返り満面の笑み。 (サービスシーン) 「でーっかいスクランブル交差点でさ、霧とかでめーっちゃ視界悪いの。なのに車は皆100キロとか出してて。で、ナナメに渡っちゃいけない時のこれ。そこをさぁナナメに。横断したとしてようおう。  死なずに、轢かれずに、これ!渡りきれる自信があるかね、トトさん」  きっと、以前の彼は、生まれた時からそこにあった自分の人間ではない触れすぎて、これ以上他人の奇妙さに興味が及ばなかったのだと思います。だから、普段から私の不明瞭な部分、まともな人間でない部分をあえて追求はしないのですが、最近の麒麟はそうではありません。  平穏な日常、と呼ぶには無理のある毎日ですが、それでも平穏な日常を積み重ね、やっとここに居る私のおかしさに疑問を持てる心が生まれたのだと思います。 「霧とかで視界悪くてさぁ、スクランブル交差点でね、車ビュンビュンそこをさぁ赤信号をスルーしつつナナメに。横断、いやナナメ断、斜断!!したとして。  トトさん轢かれず?みたいなね?二回言ったよ?」  二回言われました。返事を急かしています。しかし、首を縦に振るか、横に振るかだけで答えるのは難しそうです。轢かれる事はもちろんあるでしょうが、結果的に渡りきる事は可能ですから、私は首を斜めに振りました。