E34 寿 朝日が窓から差し込むのに気付いて、私は身を起こした。  ここどこだっけ。と、思った直後に、あー、そっかー、と思い出す。  この寝起きのぼやぼやとした感じが私は好きなので、普段は「あと5分」とかなんとか呟いて二度寝したりもするのだけれど、自分の部屋じゃないし、どことなくそわそわしてしまう。  部屋の中央にある低く四角いテーブルの上にはカップ麺のゴミやビールの空き缶が「ここ、私の縄張りですけど、何か?」 と言わんばかりに転がっており、私の座るソファーのちょうど目の前から圧迫感を発している。  他にあるのは簡素な仕事用と思われる机と、部屋の隅に置かれた小さな本棚くらいで、部屋には私しかいない様だった。 どんな気分かっていうと、知り合いの知り合いと一緒にポツンと取り残されているような気分だった。気まずい。  それでもこれは園崎さんが来るまでここで待っているべきなのだろう。 やっぱり二度寝しようかとも思ったが、ふと、本棚の中身が気になった。 誰の趣味なのだろうか、推理小説が並べられている。 暇つぶしにはもってこいだ。  コナンドイルにアガサクリスティー……その中から、できるだけマイナーそうなものを一冊手にとって読む事にした。 こういう本を読むのは久しぶりだった。 犯人が事件を起こして、主人公が解決していく。 面白いと思ったけれど、この犯人はどうせ捕まってしまうんだろうな、と考えると少し残念だ。判官びいきというやつなのか、はたまた私が単にヒーロー嫌いなのか。 短編集で残りのページも少なく、主人公はどこからともなく証拠を拾ってくる。  これはもう駄目だな、と思った辺りで、背後でドアの開く音がした。 「あ、起きてたんだ」 園崎さんは片手にコンビニのレジ袋をぶら下げていて、私がそれに気付くと「食べる?」と聞いた。 そういえば、起きてから何も食べてなかった。 ガサガサと音をたてて出てきたのは大きめのカップ麺で、スープや薬味がバラバラに袋に入っていて、お湯を入れるだけのものより作るのが面倒臭いという理由で普段は食べないタイプのものだった。  小さなテーブル  アルミの袋から、醤油ダレと白いラードがドロリと出て来る。  朝からこんなヘビーなものを食べて、はたして私の胃袋が耐えられるのか不安だったけれども、背に腹は替えられない。 お湯を入れて3分でできあがった。 「今日は、行くんですか? 吸血鬼宅に」 「行きたい?」 「行きたくないですよ」 「犬に紛れ込んで途中で裏切るってのは無理があるかな?」 「まず信用されないと思いますよ。何年も犬のフリするならともかく、次の満月までなんかじゃ」 短すぎる。 「拳銃持って脅しに行くくらいしかできないんじゃないですか」  冗談で言ったつもりだったのだが、彼女は私のそのつまらない冗談を聞くなり、彼女は箸を止めて、 「あぁ、なるほど」と呟いた。「冗談ですよ?」  立ち上がって、机の一番下の引き出しからファイルを取り出した。 「別に犬にならなくても、情報さえ手に入ればいい訳だ」  ファイルには人物ごとに氏名、顔写真や住所等がまとめられていた。 何人まとめられているのだろうか。辞書ほどの厚さの中から、一人を指差した。 「コイツの部屋に盗聴器を仕掛けたいんだけど、やってもらえるかな」 「私がですか?」 自分がそんな事をできるとは思えなかった。 「私は顔がわれているから、コイツが外出するのを見張って待つのが難しいんだよね。」 「鍵はどうするんですか?」 「結構古いアパートだから、大丈夫。…ピッキングの仕方、教えるからさ」