E25 寿  吸血鬼に会いに行こう! などという、一度聞いただけでは「なに言っとんじゃワレ」くらいしか返す言葉もないだろう馬鹿げた提案によって、私はその馬鹿げた提案者の車に乗ることになった。 「今から行くんですか?」  もう夕暮れ時だ。彼女の話だと、目的地に着くまで一時間はかかるとか。そんな時間に人を訪ねるのは、少し失礼じゃなかろうか。 「吸血鬼ってのは、夜に起きるものなんじゃなかったっけ?」  寝起きを訪問か。なおさらだ。 「この件に吸血鬼が絡んでるのは、多分間違いないよ。事を大きくしないように圧力をかけているとか。まあ、ゲームの話が広がらないのは、リスクの割に報酬が大した事無いってのもあるだろうけど。」  というか、おいしい話ほど他人には教えないものじゃないだろうか。  それに大した事無いとは言え、ガキンチョにとってはそれはまぁ大した額で。  少なくとも、数年のモラトリアムを享受する足しにはなりそうな額だ。  そんなこんなで乗ったのは、埃で汚れた白いワゴンだった。しばらく洗ってないだろう薄汚れたハイエース。  てっきり黒塗りのテカテカした車にでも乗っているものかと思ったが、そんなものなんだろう。  後ろ側には段ボールが重ねて積まれていたので、助手席に乗る。  ダッシュボードの上には携帯電話や鍵束、プリントやファイルなどが乱雑に置かれており、こういう所にも人の性格は表れるんだろうなぁ、などと考えていると、何やら名刺らしきものが顔を出していた。 「ええと、園崎、さん?」  名前を読み上げてみると、少しの間をおいて、「あぁ」という反応。 「仮名というか、ハンドルネームみたいなものだけどね。そう呼んでくれていいよ。」  堂々と仮名だと言われるとそれはそれで呼びづらい。  ドアを閉め、シートベルトを着用。  エンジンをかけると、彼女は大きく深呼吸した。ラジオ体操が聞こえてきそうな程、神妙な顔をして。 「シートベルト、した?」  答える間もなくアクセルを踏み込んで急発進。後頭部が座席にぶつかる。 「ちょっ? っと」 「何!?」  フロントガラスをのぞき込む様に前のめりになり、眉間にしわまで寄せてらっしゃる。  あの、運転免許、持ってますか?  前に後ろに左に右に。頭部を揺さぶられることわずか15分で、吐き気を催してきてしまった。  乗り物酔いをしたのは随分と久しぶりだった。  気持ち悪い、胸くそ悪い、と、表現の仕方は様々だけど、やっぱりこの感覚は催した時にしか解らないような気がする。  一度車を止めてもらわなくてはいけない。 「あの、園崎さん?」  黄色だった信号が赤に変わり、これまでより一段と大きく体はガクンと沈む。  シートベルトが胸につっかかる。もう限界だ。  後ろの段ボールがガサガサと崩れる音を尻目に、嘔吐物はゲロゲロと流れていった。  仕方なく、私は持ち合わせた頼りないティッシュペーパーで後始末をする羽目になり、園崎(仮)さんは荷を積み直している。 「人の車で吐くなよなぁ。吐きそうならそう言ってくれればいいのに」  現に迷惑かけた手前、運転が悪いのだとも言えず。 「ところでその荷物、何なんですか?」  と聞くと、 「これ? 商品って言ったらいいのかな。ホラ、この車、一応会社のだからさ」  中身を聞いたつもりだったのだが、聞かない方がいいのだろうか。 「あ!」  この人が話し出すと、だいたい良くない事が起きるらしいことはわかってきた。 「…なんですか?」 「今日って何日だっけ?」 「××日ですけど」 「…これの取引、今夜じゃん」  これって? この段ボール? 「そう。今夜9時。…吸血鬼、また今度にしよーか」  ゲロ吐き損のくたびれ儲け。下品な諺だ。  結局、その何が入ってるのだかわからない段ボールを異国から来たというお兄さんに受け渡す作業までやる事となった。  話し合いの結果、バイト料は時給600円。安い。法律違反じゃないか? 色々と。  くたくたに疲れ、彼らの殺風景な事務所とやらで寝泊まり。  厄日だ。