E15 寿  ファミレスの中では、大掃除が行われているようだった。  床に飛び散った料理、割れた皿、雑巾を手に腰をかがめる給仕たち。お取り込み中でしたか。  ウェイトレスの一人がパッと立ち上がり、営業スマイルを浮かべ小走りしてきた。 「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」  ご飯を食べる気もロクな金も持っていない私は返答に困った。 「ええと…」  どう答えたものか考えながら店内を見渡すと、見知った顔が手を振っているのに気が付いた。  見知った顔といっても、ついさっき声をかけてきたばかりのお姉さんだ。 「来てくれたんだ?」  と、笑う。  目の前の席に座ると、店員さんが水を注いでくれた。 「詳しい話、聞かせてもらえますか?」  彼女は頷くと、店員が傍を離れるのを見計らって、話し始めた。 『とっておきの秘密と、少しばかりの賞金』の話を。 「なんだか、便器みたいな名前ですね」  彼女はいささか呆れたようだった。 「思ってても言わない方が良いことってあるよ。同意はするけれど」  話がそれてしまった。 「それで、どうやってその携帯を手に入れるんですか?」 「最初は、そのウェイトレスさんから隙を見てくすねようと思ってたんだけどね。」  要は窃盗じゃないか。 「警察に捕まったらどうするんです?」 「それは、多分大丈夫。もともとその人のものではないんだし、警察の内部にこの話を知っている人がいると、例の携帯は二度と戻ってこないね。良識のある人なら警察は呼ばないよ。」  良識のある人というのは窃盗をしない人だ、というのは思い違いだったみたいだ。 「くすねようと思ってたんだけども、ついさっき、この男女二人組みに手渡したみたいなんだよね。」  というと、かばんから携帯を取り出して写真を見せた。眼鏡のウェイトレスと、高校生くらいの男女が写っている。 「ものすごい勢いで走っていったよ。」 追いかけなくて良かったのだろうか。 「追いついて、運よく手に入ったとしても、一人じゃ守り切れる自信が無かったからね。殺される、なんてのも全くあり得ないとは言えないから。」  そんな大袈裟な。 「10万も貰えば喜んで刑務所に入る人もいるんだって。不景気だし。だから、できるだけ面識が無さそうな人に預かってもらおうと思ってたんだよね。」  何でもないことのように彼女は言ったが、 「面識がなさそうな人って、例えば?」 「今日たまたま声をかけた人、とかかな。」  恐ろしい事を言ってくれる。 「どういう基準で声をかける人を選んでるんですか?」  と聞いてみると、 「暇そうな人」  という答えが返ってきた。そんなに私は暇そうだったか。何せ無職だからなぁ。 「とまでは言わないけど、時間に融通のききそうな人かな。最初の計画がダメでも、手伝ってもらえそうな人。学生さんなら、会社員より時間が取れるでしょう?」 「就職浪人です」 「なおさら良し。私の目に狂いは無かった。報酬は、弾むからさ。うまくいけばだけど」  具体的に、これから何をするのだろうか。 「たいして力の無いものが挑戦する時にまず考えるべきは、群れる、長いものに巻かれる、これ定石なりだよ。残念だけどね。万国の労働者よ団結せよ!」  あなたは労働者ではないでしょうに。 「君と一緒にしないで欲しいなぁ。一応働いているんだよ。3人しかいない会社だけどね」 「え! 何のお仕事ですか?」 「ええ、っと…アパートを管理してみたり、質屋やろうとしてニセモノに騙されたり…。あぁ、不景気だ…。と、とにかく! たかだか普通の人間2人だけでは勝ち目は薄いと見た!」  不景気だけが問題では無さそうな気もする。 「なにか良いツテでもあるんですか?」  と聞くと、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに彼女はニヤリと笑った。 「吸血鬼に会ってみようと思うの」  吸血鬼? たしかに普通の人間ではなさそうな響きだ。 「これは賭けだけどね。下手したら、取り返しのつかないことになるけれど」  やっぱやめようかな。手伝うの。