D59 hanger ストローを放り捨てて、紙パックをこじ開ける。 口の中に流し込まれたいちごオレは思った以上に甘ったるく、 辛子明太子野牛風味おにぎりの残滓と化学反応を起こしてなんとも言えない味わいを引き起こしていた。 「お、女の子が、は、は、はしたないんだな」 同じベンチに腰掛けた巨漢が苦言を呈してくるが、特に反応すべきことでもない。 何せ私に残る最古の記憶の中においては死体だったモノの言うことである。 いきなり廃ビルの片隅で死んでいるような奴とまともに会話をするつもりなどなかった。 「あ、ま、また無視か。む、無視か。お、お、お前、ほ、本当に愛玩用なのか疑問があるんだな」 ぶつぶつ言いながらコンビニの特大肉マンをかじる特大肉野郎を見もせずに、私はビニール袋に手を伸ばす。 取り出したのは魚肉ソーセージだった。破り捨てた無味乾燥デザインの包みが風に流されてすべり台の方へ転がっていく。 「……こ、公園は『公共』の『園』で『公園』なんだな。どうしてそういうことがへ、へ、平気で出来るのだ」 どうやら難敵のようだった。今時手で皮を剥けないようなタイプが存在しているとは。 つなぎ目をうまく引き裂くか、金具を噛み千切るか……。 「む、む、無視しないでほしいんだな。ど、ど、同胞に対する態度じゃないんだな」 結局歯で対処することにしたが、相手もそう易々とは己をさらけ出してはくれない。 というか金具付近をがじがじと齧っていると、だんだんその感触自体に何か快感を覚えるようになってきた。 横にいるうっとうしい肉団子の言葉を信じるならば、自分には口唇期など無いはずなのだけれども。 「と、とにかくこうなった以上は、せ、説明しておいた方がいいと思ったんだな。ほ、ほ、本来のお前なら、 な、何も知らない状態の方がいいんだけど、と、というか、い、い、いきなりゴスロリで出てくるとは、お、お、驚いたんだな」 『すごいの』に着替えた私は、2時間弱に及ぶ大冒険の末に部屋から200メートルと離れていないコンビニエンスストアに辿り着き、 そこで生存の為の必需品ですら支配する資本主義に対して義憤を感じていたところを 偶然死体と出くわして、何かよく分からないことをまくし立てられたうえここまで連れてこられたのだった。 なお言うまでも無いことだがその際ついでに行った食料調達の為の資金は、その歩く死体に捻出させた。 「め、め、目が覚めたときお前もあいつもいなかったのには慌てたんだな。ひ、ひょっとしてオリジナルの方に何かあったのかと」 ぷっ、とスイカの種を飛ばすように金具を地面に吐き出し、先端に空いた穴からソーセージの皮を剥いていく。 頭の中で『へへ、散々手こずらせやがって。たっぷり可愛がってやるから覚悟しろよ』などと下衆っぽいセリフを吐きながら ようやく姿を見せたありのままの魚肉に思いっきり歯形をつけてやった。 「い、い、い、いい加減に、む、無視を……お、おあ、な、なんか痛々しい光景に見えるんだな」 そうして、手間をかけたわりには、特段表現するようなこともない程度の、ごく普通の素朴な味わいが舌に広がった。 「そ、それじゃあな。い、い、居場所を見つけたというのなら、そ、その意志を尊重するんだな」 野外での食事を終えると元死体の肉はあっさりとそう言って立ち去ろうとし、 先ほどまでの保護者面した態度から強引に連れ去られるのではと警戒していた私はいささか拍子抜けした。 というか、携帯電話をパクったことについて追求されなくて安心。 「あ、そ、そうだ」 その一言にドキッとする。表情に出てしまっていたかもしれない。が、肥満は気づかない様子で続けた。 「お、お金。す、す、少し分けてやるんだな。い、い、い、色々と必要なはず。お、女の子だしな」 そう言いながら腰に巻いたポーチを開くと、ぎっしりと詰め込まれた紙幣が陽の下に晒される。 それを見た私は即座にペンとメモ帳を取り出した。ペンギンのマスコットが躍り、メモ帳の白地に黒インクが文字を形作る。 『ぜんぶよこせ』。