C13 りざあど  上空では太陽がギラギラと輝きながらも、吹く風は適度な冷気を伴って人々に癒しを与える。  爽やかな空気が行き交う人々を若干陽気にする週末の昼下がり、恭哉は寧ろ憂鬱そうな様子で、駅に向かう通りを歩いていた。  思い出すのは勿論、彼女と初めて会ったあの日の事。  あの後――藍は不良達が(被害者の名も知らぬ学生君も)全員泣き出すまで暴れ続け、 騒ぎを聞きつけた教師達がやってくると、白々しくも第一発見者を装って「何故その場にいるのか」という追求をかわしたのだ。  自分達をボロボロにしたのがその女だと知っている不良達は、何故それを証言しなかったのか。  もし喋ったら如何なるのか彼女から感じ取ったというのもあるだろうが、恭哉にはあまりにも堂々とした嘘八百に反応し切れなかったというのも大きな理由に思えた。  ――まぁ僕も話の流れに追い付けなかったんだけどね……。  結局のところ彼も、喧嘩の始まりから事情説明に至るまで延々と間抜け面を引っ提げているだけであった。藍のフォローが無ければ彼が事件の容疑者になっていただろう。  しかし何れにしろ、いつ彼等が証言を変えるか分からない為、恭哉は今日という日までをビクビクしながら過していた。何しろ被害者の何人かは病院に運ばなければならないレベルだったのだから。  実際どれだけ酷い怪我だったのかまでは恭哉も知らないのだが、バレれば自分にも追求が来るのは間違いないだろう。彼女に非日常を求める気持ちはあったが、流石にペナルティだけという変化は御免蒙る。  ――まぁ折角部活に入れる事も成功したんだ。そっちはこれからじっくり狙っていけば良い。  暴行についての説明が終わった後、帰りが同じ電車だったので少し話す機会があった。  そこで恭哉が自分が部長を務める演劇部に勧誘したところ、藍は二つ返事で承諾。断られてもギリギリまで粘ろうと考えていた恭哉からすれば、これは肩透かしを食らった気分だった。  ――いきなり言われたら多少渋ると思ってたけど……。  ――今までいた部活の方は大丈夫なのかな? 活動する気満々だったし……。  今更になってそれを考え足を止めると、目の前にドアがあることに気付いた。  駅前のファミリーレストラン。何時の間にか目的地についていたようだ。 「部長、そっちじゃないですよ」  一旦考えるを止めて中へ入ろうとするが、そんな彼に声が投げ掛けられる。  振り向くと、背後には背の低い少女が立っていた。セミロングの髪を横分けにしてメガネを掛けたその姿は、どことなく委員長といった雰囲気を感じる。  恭哉はその子に見覚えがあった、と言うか平日はほぼ毎日顔を合わせる演劇部の部員であり、ここで待ち合わせていた者の一人である。 「こんにちは笹木さん。……こっちじゃないってどういうこと?」 「こんにちは部長。他のみんなもこのファミレスに入ったんですが、直ぐ追い出されたので別の場所で待ってます」  何時もと変わらぬ仏頂面で、笹木と呼ばれた少女が答える。この少女は一度舞台に上がれば驚くほどの演技力を見せるのだが、普段は驚くほど無表情に徹している。 「追い出された? ファミレスなのに?」 「はい、まぁ……」  妙に歯切れが悪い調子で答える笹木。自分から言うのは気が引ける、という感じの口調ともとれた。  ――いや、何でそうなったか予想は出来るけどね。 「そーいやここの劇は何度か文化祭で見た事あるわ。部長さんいつも主役張ってたわね」 「アイツ主役の演技には拘るからな。それに耐え切れず役者だった奴が投げ出して、それをアイツが掻っ攫う形になる」 「見栄っ張りだよなーホント。あんな奴に限って現実ではカッコイイ行動が取れないんだよ」 「イジメの現場を見付けても何一つ出来そうに無いね。罪悪感で見て見ぬ振りも出来ず結局出歯亀になりそう」 「あーそれ分かる。嫌という程に」  駅構内に設備されたベンチの一つに、5、6人の男女が集まって話し込んでいる。  場所に構わず声を上げて喋っており、不良というほどではないが全員が普段から素行も悪いのだろうと思わせる雰囲気を持っていた。  彼等こそ恭哉が会う予定の連中であり、現在演劇部に入っている学生達だ。  元々は廃部寸前の演劇部を助けて欲しいと恭哉に頼まれ、名前だけ貸していた幽霊部員達である。  しかし普段から何らかの理由で周りから浮いていて、居場所がないような者ばかりなので、最終的には通常部員と同じ頻度で参加するようになる。  部長が無意識に同類ばかりを集めた結果出来たのが、この型に嵌っていない奇妙な演劇部だと言えるだろう。 「……お、ご本人の登場だ」  ベンチに座っていた一人が振り向いて呟く。  何時の間にか誘導を申し出た笹木が、恭哉を引き連れて戻って来たようだ。 「やぁみんな。僕がいない時じゃないと悪口も言えないのかい? 随分と卑屈なもんだね」  冗談交じりの毒舌に、少年達が笑いなら言い返す。 「うっせー。部長が遅いから暇つぶしに喋ってたんじゃねーか」 「数分程度だよ。大体、ファミレスに着いた時間は丁度ぴったりだったし」 「そもそも時間通り来る余裕があるなら、早めに来ることも出来たんじゃねーのか?」 「部長なら部員より先に来い!」 「そんなわがまま娘みたいな文句の付け方されても……」 「いうねー」 「ハハハ……」  恭哉は誤魔化すように笑うと、ふと少年達の一人を見やる。  彼等の中には、入部したばかりの生柳院藍も姿もあった。服装はこの前会った時とほぼ同じ。しかしそれ以外には強烈な差異があった。  紫のルージュに隈取りのようなアイシャドー。パンクフッションに合わせたそれは、既に化粧と言うにはケバケバし過ぎる装いだ。これでは追い出されても文句は言えないだろう。 「……キリュウさん、君は頭がおかしい」 「あれ? 直球?」  キリュウというのは「自分の名前は呼び難いから」と藍が提示した愛称である。  恭哉が目を細めて言った言葉に、彼女はオーバーアクションな手振りで驚きを表現する。 「アンタもあのウエイトレスと同じように、これの良さが分からないの? 少なくとも人と違うものに魅力を感じるタイプだと思ってたけど……」 「サブカルチャーは範囲外だよ。ていうか、やっぱり追い出されたのは君が原因なん だね」  歓迎会が本人に出鼻を挫かれるとはね、と僅かな非難を込めて睨む。 「寂しいなぁー、人の理解されないってのは! ……ねぇねぇみんなはどう思うよ。笹木さん、私の格好可愛くない?」 「――」 「そうさ! いいじゃねーか別に! 寧ろあんな話の分からないトコ追い出されてラッキーだったってーの」 「ウエイトレスさんは引き気味の笑顔だったけど、慣れてみればパンク女もそそるものがあるよな……」 「キモカワイイ!」 「付き合ってくれ!」 「ごめんなさい」  賛同を求められた少年達は、異常なノリの良さで一斉に言葉を投げ掛ける。生憎、名指しされた笹木はそっぽを向いていたが。  脱線を続けながら進行する会話に、恭哉がため息をつく。  呆れながらもそこは部のリーダーとして、軌道修正して目先の問題について意見を聞くことにした。 「それで、これからどうする? 次の劇に役立つように映画でもって考えてたけど……難しいかな?」 「いや、そもそも売れ残りチケットで映画行く位ならゲーセンだろ」 「カラオケなら個室だし迷惑はかけないんじゃね?」 「取り合えず街歩きながら考えるってのはどう?」 「さんせー」  そろそろ周りの視線が痛くなってきたこともあって、彼等は地下の駅から外へと繰り出す。 ベンチを立ったのは、駅前のファミレスを三人の男女が飛び出したのと同じ時刻だった。 「痛ッ!?」  先頭に立って階段を上った笹木は、突如側面からの衝撃に襲われる。  どうやら走って来た青年とぶつかったようで、二人は折り重なる形で倒れこんだ。 「お、おい、大丈夫か笹木」 「危ねーな。気ぃつけろよ兄ちゃん」 「初対面の女の子を押し倒すなんて……不潔ね」  青年は、騒ぎ立てる少年達の中ガバリと跳ね起き、目の前を睨む。 「クソッ、見失ったか。」  どうやら人を追っていたらしい彼は、苛立ち混じりに少年達の方を向き、直ぐ視線を戻すと無言のまま向かっていた方へ走り去っていった。 「なんだあれ?」 「ちょっと前同じ様にカップルが走ってなかった? きっとあの人達探してたのよ」 「追う男と追われるカップル……つまり愛の逃避行か!」 「青春だなー」  倒れている仲間より去った青年の話をする彼等に呆れながら、キリュウは笹木の手を取って起き上がらせる。 「ヤな奴だったね、怪我してない?」 「――はい、大丈夫です」 一瞬、ピクリと震えてそう答える。  よっぽどあの男が怖かったのだろうか、彼女はそう思ったが笹木の動揺は寧ろキリュウに対してのものだった。  あの日『頼まれ事』を引き受けて以来、彼女がいる時はどうしても意識してしまう。  それは罪悪感なのだろう。罪を犯す前から赦しを請い、それでも自分の選択を後悔は出来ない。  ――ごめんなさい。私はお金の為に仲間を売ります。  ――私達には、お金がいるんです。  小さな身体に重過ぎる、昏い覚悟が圧し掛かる――。