A48 奥山キイチ  ぜんそく持ちの姉のために、アタシと吸血鬼の姉弟はくたびれた商店街を抜け、なんとか橋(名前は忘れた)にやってきた。  姉はまだ体調が本調子じゃないらしく、たまに喉の奥でむせ返りそうになるのを必死に堪えている様だった。  アタシは二人の隙を見て逃げだそうかとも考えたが、逃げてばかりじゃあ話も進まない。  なーに、アタシだってこう見えて、小学校の間少林寺拳法に通ってたっつの! ガキ大将気取りのバカにサミング食らわせて一年で追放されたけど。閑話休題。 「とりあえずさあ、あんたら誰よ。吸血鬼ってなによ」  アタシが訊ねると、弟はちらっと姉の方を見た。 「殺し屋よ。……ぐッ!」  と、姉は言った。最後の「ぐッ!」はむせたのを我慢したようだ。 「殺し屋って、映画とかに出てくる?ゴルゴみたいな?」  二人はうなずいた。 「……あんたらはバカ?」  二人は首を横に振った。 「仕事の難易度によって単価は違うが、大体百万から一千万で請け負ってる。素性のはっきりした、信頼のある客しか依頼は受け付けない。  契約金は基本的に前払い。一度金を受け取ればホームレスだろうが大統領だろうが、きっちり殺す。  殺し以外の仕事は基本的に受け付けないが、殺しの絡む可能性のある仕事なら、代金次第。現金のみの支払い。小切手、カードは使えない」  弟は腕組みをしながら、無愛想にそう語る。 「アタシを殺しにきたっての?」  二人は顔を見合わせた。 「お前次第」  と、弟は言った。 「話は早いほうが良い。お前が持っている例の携帯を大人しく渡せば、俺たちは大人しく引き下がるつもりだ。  お前が拒むと言うのなら、俺たちはお前を殺すのを躊躇しない。なにせ、代金は既に……」 「ちょっと待ちなさいよ」  と、アタシは弟の棒読みのような台詞を遮った。 「アンタ、年いくつよ」  アタシの質問の意図が分からなかったのか、弟は眉をひそめて首をかしげる。 「……16」 「年下にお前呼ばわりされるのは我慢出来ないわ。名前にさん付けで、敬語使いなさいよ」 「嫌だ」 「言うとおりにしなさいよクソガキ!」 「俺たちはお前を殺そうって言ってるんだぞ」 「関係ないっつの!」  ムキになる弟の耳元に、姉が何かをささやく。  弟は、嫌そうな顔をしながら聞いていたが、やがて仕方なさそうに一度だけうなずくと、憎たらしげな顔つきでアタシの方を見た。 「メイコさん、携帯をお貸し下さい」  アタシはそれを聞いて、すっとした。精神的に下手に出たら負けなのだ。 「誰の依頼で、なんの目的で?」 「それは言えません。あなたが想像しているより大きい会社です」  会社? 「どんな会社よ」 「ものを造る会社です」 「どんなものよスニーカーとか、財布とか?」 「DVDでも、スタンガンでも、スピーカーでも、なんでも。あなたのまつげだって造れます」 「つけまつげ?」  二人は顔を見合わせて、ほくそ笑む。アタシはまたイライラしてきた。 「……とにかく、その会社の技術者の一人が、会社に背いてその技術を独り占めしているのです」 「ふん。なんて言う会社か、アタシ名前当ててあげよっか?」  アタシがそう言うと、姉弟は不思議そうな顔をした。 「ダンロップでしょ!」 「ハズレです」  弟はそっけなくそう言った。 「……とにかく、その技術者の一人に近づくためにはありとあらゆる手段を許されており……そのためにはメイコさん、あなたの持っているその携帯が必要になります」 「渡さなければ、命だって頂く……ぐッ!ゲフッ!」  姉は弟の口上に参加しようと口を挟んだが、やはり今日は調子が悪いようだ。  もちろん、アタシは携帯を渡すつもりなんてさらさら無い。 「人の命をどうこうする程の事ぉ? 訴訟起こしなさいよ、訴訟! 技術者との契約形態見直したら?」 「……メイコさん。あなたはやっぱり事態を軽く見ています。これは“人の命をどうこう出来る”技術なのです。姉、例のホムンクルスみたいな奴は?」 「民間人に保護されてるらし……ぐッ!」  だんだん話の筋が見えてきた。が、肝心の部分がぼやけている。  会社? 技術者? ホムンクルス……って何だっけ?  そもそも、この姉弟が口裏を合わせて、アタシに適当こいてるだけかもしんない。  でも、本当だったら? ……“お金も造れる”? 「メイコさん、携帯を。さもなくば、お命頂きます」  と、簡潔に言い張る弟。アタシはついつい頭に来て、我を忘れてしまった。  殺し屋だかなんだかしらないけれど、こんななまっちょろいガキと病弱女に、アタシが負けるはずがない。 「やれるもんならやってみ……」  と、言いかけた時、突然アタシの目の前に星が輝き、アタシはその場にぶっ倒れた。  失いかけた意識のあとにやってくるのは、頭の激しい痛み。 「痛……!」  血は出ていないが、足に力が入らない。  なにか砂袋のようなものを持った弟の姿が、揺らいだ視界の向こうに見える。  アタシはあの武器しってるぞ、ブラックジャックとか言うやつだ!と思った。  あと、やばいと思った。 「本気を出せば、骨だって砕けます。ちなみに次は本気で行きます」  弟が言った。  頭を押さえてかがみ込むアタシの方に、姉はゆっくりと近づいてくる。 「携帯は、どっちのポケット?……ぐふッ」  むせ込みながら喋る姉の質問に、アタシは思わず、率直に、馬鹿正直に「右のポケット」と答えてしまった。  精神的優位は、肉体的優位には勝てない……かもしんない。  アタシのポケットから携帯がするっと抜き取られた。 「……ゲフン! これは本物かしら?」 「さあ。間違っていれば全部当たれば良い」 「誰がばらまいたのかしら。紛らわしいわ」 「情報だけが一人歩きしているのかもしれない。あと何件心当たりがある?」 「星の数ほ……ぐッ!」  いまのは、姉がむせた声ではない。  隙だらけの姉に、アタシがボディブローを決めたのだ。 「あ、こら」  弟が慌てて駆け寄ってくる。  チャンスはいましかない! と思ったアタシは、弟より早くよろめく姉の携帯を奪おうとした。  しかしその瞬間……アタシの額に、焼け付くような痛みが走った。  思わず後ろのめりに転ぶ。先ほどとは違う、鋭さの伴う痛みと、そして流れ落ちる赤い血液。  姉の手には、白く輝く細身の脇差しが握られていた。 「……警告は、したわよね?」  姉の得物と自分の血に「だめだこりゃ」と思ったアタシは、まっすぐ連中に背を向け、全速力で駆け出した。