A21 奥山 キイチ  走って走って走り倒して、ようやくやってきたのは見ず知らずの公園だった。  公園、と言っても古ぼけた木のベンチがあるだけで、子供の遊ぶような遊具は一つもない。  地面を青々と埋め尽くす草むらと、目の前に広がる小さな丘、その丘を舐めるように曲線を描いて伸びる階段。  人影も、犬を散歩させている老人と、赤ん坊をおんぶしながら何処ともなく公園を歩き回る母親しかおらず、平穏だが、なんとも寂しい風景だった。  炎天下を走り続けてきた俺とメイコは倒れ込むようにベンチに座り、ぜえぜえとざらついた呼吸を続け、時々思い出したようにあの青年が追ってきていないか後ろを振り返る。 「……ぜえ……そ、草吉、お金は……?」  息も切れ切れに、メイコが訊ねてくる。  俺はポケットをまさぐり、厚い封筒があるのを確認し、OKサインを出す。 「携帯は……?」  俺はウエイトレスの女の子に預かった、例の真っ白い携帯を取り出した。 「……あるさ、もちろん」 「ハア、ハア……貸してみ」  メイコは俺の手元から携帯を奪うと、しばらくZ404のロゴをじっと眺めた後、問答無用でディスプレイを開いた。  さすがは同機種の持ち主と言うべきか、ディスプレイを開くと同時にこなれた指の動きで携帯を操作し始めるメイコ。徐々に呼吸も整い、表情に生気と意志が宿る。  俺は疲れて物を考えるのも嫌で、使い切った力を振り絞りながらよろよろと立ち上がると、ベンチの側にある自販機でポカリを二本買った。 「……何してんだ?」  俺はポカリを差し出し、メイコに訊ねた。 「情報収集」 「情報収集?何の為に?」  俺が訊ねると、メイコはこちらを鋭く睨み付け、また携帯に視線を戻す。 「……余計な事に首を突っ込むのは止しとけって。あの子も言ってただろ?」  俺は言いながら、ウエイトレスの白光りしたメガネを思い出す。 「アホくさ」  と、メイコは言い捨てると、一度小さなため息をついて、携帯を閉じて俺の方に放り投げた。ベンチで寝そべるように座っている俺の腹に、ぽとん、と落ちる。 「たかだか三十万ぽっちがなんだってーのよ」  と、メイコは言った。 「考えてもみなさいよ。三十万がポン!とあたしらみたいな連中に回ってくる事なのよ、コレは。裏を返せば三十万じゃ安い物事が後ろで動いてるって事じゃない」  メイコはポカリのキャップを開けると、中身の半分を一息で胃袋に流し込んだ。 「だからなに」 「決まってんじゃない。裏握って、強請ってやんのよ」  俺は持っていたポカリを空っぽにしてしまうと、ゴミ箱に向かって放り投げた。 「アホくせえのはどっちだよ」  と、俺は言った。 「あ、そうそう!ひとまずその十万はアタシとアンタで半分こずつね」 「おい!たかだか三十万ぽっちの三分の一の十万ぽっちだぜ?」 「それはそれ、これはこれ」  俺は封筒から五枚の一万円札を取り出すと、それを腹立たしげにメイコに渡した。満面の笑顔で受け取るメイコ。  何て意地汚い女だろう、と俺は思った。  それっきりでメイコと別れ、俺は財布に計六枚の一万円札を抱えながら、何となくそわそわと町をぶらついた。  無駄遣いは控えなきゃなと心に誓い、本屋でホラー漫画を二冊、レコ屋で変テコなオムニバスCDを一枚、家電売り場ではついに念願のi podを手に入れ、ついでに前から欲しかったDVDを3、4枚まとめ買いすると、気がつけばなんと俺の手元にあった大半の金銭が姿を消し、最初に持っていた一枚と合わせてたったの二枚の一万円札を残すのみとなってしまっていた。  やっちまった!と俺は思った。取らぬ狸の皮算用、金のアテがあるというのは何と恐ろしい事だろう。  ……あまつさえそれに気がついたのは、友人を二人も居酒屋に呼んでお大尽をぶちカマしている真っ最中なのだ。 「お前からオゴリだなんて、気前良すぎて気味わりーぞ。草吉、何か裏あるんなら話せよ!」  友人、琢己の言葉に、俺は財布から目を上げ、ははは、と乾いた笑い声をあげる。 「競馬か?パチンコか?宝くじか?」  琢己はジョッキのビールを煽りながら、重ねて俺に訊ねてきた。もう4杯目だというのに、顔色一つ変わっていない。 「お父さんと縁を戻したの?」  同じ卓につくもう一人の友人、りそなが訊ねてきた。 「いやぁ……それは無いだろ」  琢己が言う。 「草吉くん?」  りそなは俺の答えを期待の眼差しで伺う。  ここでこのりそなという女の子について少し。彼女は大人しい優等生タイプの女の子だが、それでも芯の一本通った強い一面を持つしっかり者だった。器量よし、頭よし、性格良しで、学年、いや、学校全体でも評判の女子生徒なのだが、その心の強さ故かガードも堅く、誰も手をつけられずにいる。  ご多分に漏れず俺も気に掛かっているのだけれど、小学校からの付き合いとはいえ、付き合い方は小学校のそれとは全然違う。高校にもなるとお互いに変な壁が出来てしまってなかなか昔のようには付き合えないし、大体からこのりそなは自分の事をあまり多く語りたがらない今時珍しいタイプの女の子なのだ。  二人きりでは間が持たないだろうから緩衝材代わりに呼んだ琢己なのだが、今思えばこんな大酒飲みを誘うなんて我ながら大失態もいいところだと思う。 「ちょっとアテが出来たのさ」  俺はほっけの身から一本一本丁寧に骨を抜き取り、そう言った。 「アテ?」  琢己の奴がいかにも“金の話なら俺も混ぜろよ!”と言わんばかりの表情。 「バイトでも始めたの?」  りそなが取り皿に取った湯豆腐を、小さい立方体に切って口に運んだ。 「んー……まあ、そんなとこかな」 「はっきりしねえなあ!」  琢己は言い捨てて、ジョッキに半分ぐらい残った生ビールを一気に呷った。でもって、近くを通ったお姉さんに追加発注。 「まさか……何か、変な事?」  りそなは不安そうに俺に訊ねる。 「変じゃないって。でも内緒」  俺はそう言い捨てると、身だけのほっけを口に放り込んだ。一本だけ取り切れなかった骨を口の中で見つけ、違和感に顔をしかめる。  俺は腹立たしげに口の中から骨を取り出し、それを灰皿に捨てた。――昔、魚の骨が喉に刺さって晩飯をぜーんぶ吐いてしまったトラウマがあるのだ。 「大方呼び込みだかホストだかでも始めたんだろ」  琢己が言うと、俺は思わず口の中のほっけを吐き散らすところだった。 「お前さあ、一体俺をどんな目で見てるんだ!?」  要らぬ誤解を生むような発言に、ついついムキになってしまう。見ればりそなは、やはり不安そうな面持ちでこちらを伺っている。 「りそな、言っておくけど、違うぞ」 「……ううん、違うの。私ね、最近、血液の売買が問題になってるってニュースで見たの。草吉くん、ほら、お金に困ってたし……急にそんな羽振りが良くなって、もしかして、って……」  りそなの言う“変な事”とは、どうやらその事らしい。 「そうなのか、草吉!すまんなあ、わざわざ俺たちの酒代のためによう」  琢己が俺の取り皿に鳥キモをしこたま入れてきた。 「……何が悲しくて自分の血液をお前の飲むビールに変えなきゃならないんだよ」  俺はそう言いながらキモを琢己の取り皿に押し返す。 「でも……草吉くん、お金に困ってるのはホントでしょ?」  ぐさぐさと胸に突き刺さるりそなの言葉。俺は自分の顔が真っ赤になってないか心配だった。 「確かに困ってたけど……別に心配されるような事はやってないって。預かりものさ、預かりもの」  俺は自分の目の前にあるお猪口に焼酎を注ぎ足し、一気に飲み干す。喋っちゃいけない事とは知りつつも、酒がまるで自白剤のように利いてくる。 「預かりもの?」  興味津々のりそなと琢己。 「ケータイだよ。しばらく預かってるだけで三十万くれるって、今日ファミレスのウエイトレスに頼まれたんだ」  りそなと琢己は一瞬間をおいて、互いに顔を見合わせた。 「……やっぱり、変なのに騙されてんぞ、お前」 「いや、それがマジなんだ。マジにこのケータイが狙われてるのを、実際に今日見たんだ。黒ずくめの大きな女がわけ分かんない事言いながら絡んできてさ、ウエイトレスが俺に預けてなきゃ、ホントに奪われてたぜ、ありゃ。俺にしたってトムだかジェリーだかみたく追っかけられてさ」  俺は自分のポケットからZ404型携帯を取り出し、二人の前にちらつかせた。りそなと琢己は身を乗り出し、この白くて素っ気ない携帯を覗き込む。  琢己が手を伸ばそうとした瞬間、俺は慌てて手を引いた。 「あー、ダメダメ!俺は金貰ってんだから。触らせたりはできんよ」 「誰のケータイなんだ?」  琢己が訊ねる。 「知らないし、興味もない。一緒にいたメイコはがっつり見てたけど」 「へー、メイちゃんも居たのか。あいつの性格からすりゃ、『秘密握って強請ってやるんだから!』なんて言ってんじゃねえの?」  琢己の言葉に、俺は大笑いした。 「はっはっは!いや、ホントに言ってんだ、アイツ。探偵ごっこか何かのつもりかね、馬鹿馬鹿しい」 「探偵は強請りなんてしねえだろ。むしろ探偵に探り入れられる、小悪党だぜ」 「へへへ。まあ、ただの野次馬根性ってのが正解なんだけど」  携帯の事を喋って胸のつかえが取れたのか、酒が良い感じに回り始めて気分が良くなってきた。  俺はついつい調子に乗って、芋焼酎「魔王」のグレープフルーツ割りを頼む。 「おー、ノって来たねー」  琢己はそう言うと、自分も負けじとビールを飲みきり、更に追加発注。  りそなはお上品にまだ1杯目のウーロン茶をちびちびと飲んでいた。 「なんだよりそな。遠慮しなくて良いんだぞ」  と、琢己。まあ、俺の金なんだけど。 「遠慮なんて別に……」 「してるじゃん」 「……遠慮っていうか、お婆ちゃんの遺言なの」  りそなは困った顔でお愛想笑い。 「遺言?」  琢己は不思議そうに聞き返す。 「『他人の金で酒を飲むな』、みたいな?」  俺はあてずっぽうでそう言ったが、りそなは首を左右に振る。 「ううん。『自分の身は自分で守れ』って」  一瞬、俺は彼女の言っている意味が分からなかったが、りそなの悪びれない愛想笑いを見るにつれ、ようやくその真意を理解した。  それはそうだ。俺たち(琢己がどうかは知らないけど)がりそなに対して抱く感情は一方通行のものではない。りそなもまた、俺たちがいつまでも気の良い男友達のままとは限らない事を知っているのだ。  こちとらただの子犬ではなく、今や立派な盛りのオス犬だ。そりゃあいきなり噛みつきこそしないが、尻尾を振って寄ってくるぐらいの事は、当たり前っちゃあ当たり前なのだ。  完全にしてやられた俺と琢己は、とりあえず笑うしかなかった。 「信用ねえなあ!」  琢己は困った顔で言うと、りそながくすくすと笑う。 「……なんてね、冗談冗談!じゃあ私も一杯貰っちゃおうかな?」  ちっとも冗談に聞こえない、と俺と琢己は思った。  りそなは店員を呼び止め、カシスオレンジを一杯頼んだ。  ……しかし、これまた裏を返せば。りそなの発言はりそな自身が“男女”の線引きをした事に他ならない。  それはつまり、“私たちはそういうの、止そうね!”という宣告だったのか、あるいは……。 「なんだよ、りそなもしっかり女の子になっちまってさ。昔カマキリのタマゴ振り回して遊んでたの、どこの誰だよ」 「やだもう!幼稚園の頃の話なんて持ち出さないでよ」  琢己が茶化して言うと、りそなは顔を真っ赤にした。  そうだ、二人は幼稚園からの付き合いなのだ。俺が初めてりそなを見たのは小学校の高学年で、その時はまったくそんな面影は無かった。ヤンチャのヤの字も見あたらなかった。  お待たせしましたと呟き、テーブルにカシスオレンジ、生中、そして魔王のグレープフルーツ割りを置いていく店員。そそくさと次のテーブルへ。  自分の知らない共通項で盛り上がる二人に軽い嫉妬心を感じながら、俺はさっそくグラスを手にとって、まず一口。 「まあ、メイちゃんは中学に入ってもそういう事やってたけど。信じられるか?あいつセーラー服着る年になって、道に落ちてる犬の糞を枝に突き刺して追いかけて来るんだぜ?」  琢己が言うと、俺は思わず飲み物を吹き出した。病気かあいつは。 「ショートカットで、当時はホント男にしか見えない奴だったけど、近頃はなかなかどうして可愛くなったもんじゃねえか」  琢己の言葉に俺は首を横に振った。 「猫被ってるだけだって」 「おおごとじゃねえか。人類が月に行くまで何万年かかったと思ってんだよ。あのメイコがたったの17年で、猫を被ったんだぜ?」  けたけたと笑う俺と琢己。二人とも、あいつの男勝りには散々苦渋をなめさせられてきたものだ。 「そう言えば私、前から草吉くんに一つ訊きたい事があったんだ」  りそながカシスオレンジをストローでかき混ぜながら言う。 「なにさ」 「草吉くんとメイコちゃんって……どうなの?」 「どうって?」 「仲良いよね」 「いとこだからね」 「……うん、それは知ってるけど……どうなのかなー、って」 「なにがさ」 「その……ほら、恋愛対象として」  りそながそう言うと、俺と琢己はぎょっとした。 「そうなのか!」  琢己は興味深そうに大声で俺に訊ねる。  俺はグラスをテーブルに置き、目を爛々と輝かせる二人を静かに見比べた。 「……例えば、ペットショップとかでサルとか居るよな?」  俺の語り口が急に改まったものになって、二人の表情も硬くなった。 「円らな瞳でキーキー鳴いて檻にすり寄ってくりゃ、そりゃ頭の一つでも撫でたいぐらい可愛いさ。サルがサルなら、チューしてやってもいいぐらい可愛いらしい」  うんうん、と頷くりそな。 「でも、サルはサル、ってオチ?」  琢己が口を挟む。 「違う!アイツの場合は、サルはサルでも森の中で人の荷物を奪う、根性のひん曲がった意地汚いかわいげの一つもない野ザルだ!何が悲しくて野ザルとチューしなきゃならないんだよ!?同じサルでも、頭を撫でるぐらいなら、いっそ真っ二つにかち割ってやりたい類の忌々しいエテ公ですよ!」  思い出すだけで、俺はだんだん腹が立ってきた。あんな奴が自分の親族だなんて、俺は情けない。 「恋愛?恋愛対象?その恋愛対象ってのがバットかなんかでドタマかち割りたい人間に抱くものだってんなら、そりゃ俺より深くメイコを愛している人間はいないだろうぜ。一回叩き割って、来世でもう一回叩き割ってやる。タイムスリップして前世で叩き割ってやる」 「えっと……草吉くん、ごめんなさい」  りそなはテーブルに手をつき深々と頭を下げる。 「りそな、女の子ってのが若かろうが老けてようが、そういうスキャンダルなうわさ話が大好きな生き物だってのは、俺もよーく知ってるよ。でも、こればっかりは期待に応えてやれない。応えられるはずがない!そもそも今回の件にしたって、元々は俺の身の上話から始まった事だってのに、なんだって金に困ってないあいつと俺が、ちゃっかり同じ取り分……うっぷ」  突然の嘔吐感。頭に血が上ったせいか、俺は急に酔いが回ってきた。 「おいおい、大丈夫かよ」  琢己が心配そうに俺の顔を覗き込む。 「……へ、平気だけど、続きはトイレに行ってからだ」  俺は不安そうにしている二人を残し、席から立ち上がった。  ところが、途端にやってくる地面が揺れるような錯覚に、俺は思わず床に片膝をついてしまう。 「だ、大丈夫?草吉くん!」  りそなが俺の背中をさするが、彼女の声はとても遠い。 「……たっくん、草吉くん、ちょっとトイレまでつれてくね」 「ああ」 「まお……魔王には指一本触れるなよ……うえっ」 「い、いいからさっさと行けよ……」  俺は酷く酩酊し、意識があるのか無いのかも分からないまま、りそなの肩を借りてトイレへと向かった。  俺の酔い方は、いつもこうなのだ。  弱いクセに、歯止めが効かず、ズドン!だ。  ……次に目を覚ますと、目の前は完全に真っ暗だった。頭痛は酷いし、体中が痛い。特に、椅子にもたれて項垂れていたためか、首筋の痛さは半端じゃなかった。  少しさすろうと思い、右手を首もとまで動かそうとした瞬間、俺は思わずぎょっとした。右手が全く動かないのだ。  いや、右手だけじゃない。左手も、右足も、左足も、俺自身の意志通りに少しも動かない。  ……そもそも、この晴れることのない、真っ暗闇に覆われた視界は?  朦朧とする意識の中で、自分が目隠しをされながら椅子に縛られて全く動けない状態に居ることに気がついたのは、目覚めてからしばらくしてのことだった。  俺はまず「誰がこんなことを?」と。そして「何のために?」と、そう思った。  何もかも突然すぎて、理解もへったくれもない状況。  俺が分かったのは、これから“何かとてつもなく面倒な事が始まろうとしている”という事、ただそれだけだった。  部屋の出入り口だろうか、木のドアを開く音がした。音の反響具合から察するに、それほど広くない部屋らしい。  耳をすませてみると、部屋の外部の音は全く聞こえない。地下室か、よっぽど分厚い壁に覆われた場所なのか、それとも建物自体が辺鄙な場所に建っているのか……。  ドアを開けて部屋に入ってきたのは、たった一人。静かに部屋を歩き、自分の方へと近づく。ブーツが床を鳴らす音なのは分かったが、それが男なのか女なのか、デカイ奴なのかチビなのか、具体的な判断は少しもつかなかった。  否応なしに高まる恐怖感。俺は思わず顔を上げ、身を強ばらせる。  足音は俺の真後ろで止まる。  部屋に入ってきた人物が目隠しに手をかけ、丁寧にそれを外すと、目に白熱灯の薄暗い光が入ってきた。ずっと目隠しをされていた影響か、視界が霞んでなにもかもが朧だ。  人物はまたそっと歩き始め、俺の目の前で静止する。どこかで見たことのある服装だが、ぼやけてちっとも分からない。 「草吉くん、おはよう」  聞き覚えのある声。  恐る恐る目を上げて人物の顔に焦点をあてると、俺は思わず我が目を疑った。  りそなだ。  目の前に立っているのは、つい先ほどまで一緒に酒を飲んでいた、あの“りそな”なのだ。  りそなの右手には例のZ404、そして左手には……ペンチ? 「ちょっとケータイについて訊きたいことがあるんだけど……時間、大丈夫かな?」  大丈夫じゃないと言ったところで、解放してもらえる雰囲気ではない。  酒の勢いでべらべら喋ってしまったのは、自分でも迂闊だと思っていたが、ただ、俺はそれにも増して“不運”だったらしい。  まさかりそなも連中に関わっているとは露ほどにも思わなかったし……それに、そもそも“連中”ってなんなんだ?  ……でもって、ペンチ?ペンチって?