A1 奥山キイチ  とある事件をきっかけに親父に勘当され、見るに見かねた叔父の仕送りでなんとか普通の高校生活を送っていた俺は、叔父の急逝を聞いて目の前が真っ暗になった。  目下、手元にある一万円札一枚だけが自分の全財産であり、いくら計画を立てて節制しようともこれだけでは残り一年間の学園生活どころか今月を無事乗り切る事すら出来やしない。  とは言え、決して裕福では無い叔父の一家の大黒柱が倒れ、まさか今までと同じようにそこから毟り取るわけにもいかない。  そして、親父に頭を下げるぐらいなら、いっそ腹を切って死ぬ。  どうしたものか、どうしたものか……。  突然の旦那の死にきりきり舞いの叔母さんに変わって、俺の今後の身の振り方について相談に乗ってくれたのは叔父の娘、従姉妹のメイコだった。 「んー、悪いねー。何せウチも明日がどっちかさっぱり分かんないもんだからさー」  メイコは慣れた手つきでタバコに火をつけて、一息入れながらそう言った。 「今までお節介焼いてた責任はよーく分かんだけどさ、アタシみたいな道楽娘はともかく、母ちゃんや妹まで路頭に放り出されるっちゃー目覚めが悪いじゃん?」  メイコは笑顔を絶やさず、煙を吐きながらそう言葉を続けた。 「いや、もちろん俺もお前ら一家をアテにして相談してるわけじゃ無いんだ。ただ……」 「ただ?」 「ただ、一人で考えてたって明日が見えない」  けたけたけた、とメイコは笑う。 「だろうねー!」  俺はポケットから財布を取り出し、全財産である一万円札を取り出し、それをメイコの前にちらつかせた。 「俺はただ、お前にコレを増やす方法が無いか、聞いてみたいんだ。俺に思いつかないものをお前に考えろってのも無茶な話だけどよ。何せ後が無くってよ」 「いっそ死んじゃう?」  メイコは憐れみの籠もった目つきでそう言った。 「こんな命は惜しくないよ。でも、俺が死んだら親父に笑われるだろ。それは我慢ならないな」  メイコは、うんうん、と頷いて、タバコの煙を肺に入れた。真っ黒のショートカットの髪をかき上げ、店の奥に目をやる。 「すいませーん。コーヒー、おかわり」  彼女の注文に、そそくさとウエイトレスがコーヒーを注ぎに来た。  ウエイトレスが気の良い営業用の笑顔を浮かべると、メイコも外向き用の笑顔で「ありがと!」と言った。 「バイトでもするこったねー。アタシが良いツテ紹介してあげるからさ」 「学校帰りの余暇を使ってのバイトなんざ、家賃も払えねえよ」 「じゃ、学校やめれば」 「高校出ずに何しろって言うのさ。今死ぬか、後で死ぬかってか?」 「背に腹ぁ変えられないっしょ」 「お前に相談したのは、そんな最もらしい言葉を聞くためじゃなくて……」  ちっ、と舌打ちしてタバコを灰皿に叩きつけるメイコ。眉間にしわを寄せ、きっとこちらを睨み付ける。 「甘ったれんのもいい加減にしなさいよ!アンタが親父に頭下げりゃ良い話じゃないのよ。意地は通したい、働きたくない、ご飯は食べたいって、そんな道楽この世にあると思ってるの?」  憤るメイコの唾が顔にかかったので、俺はおしぼりで顔を拭った。  メイコは息を荒くし、タバコをもう一本取り出そうとしたが、気を取り直して自分の鞄から携帯電話を取り出すと、どこかへ電話し始めた。 「……どこにかけるつもりだ?」  俺は訊ねた。 「決まってるじゃない、アンタの親父さんよ。私が間を取り持ちしてあげるから、ここらでいい加減にして仲直り……」  メイコが言葉を言い終える前に、俺は彼女の携帯電話を取り上げて、慌てて通話を切った。 「何すんのよ!」 「そりゃこっちのセリフだ!こりゃ俺と親父の親子喧嘩だ、お前の出る幕じゃねえ!」 「だったらなんでアタシに相談ふっかけんのよ!親子喧嘩にアタシら巻き込んだのはアンタじゃないのよ!?」 「俺が聞いてるのは、金の話だ!親父との仲を取り持ちしてくれだなんて、俺は一言だって……」 「あの……」  と、俺たち二人のテーブルの前に立ったウエイトレス(さっきメイコのコーヒーを注ぎに来たウエイトレスだった)が恐る恐る口を利いた。  俺たちは興奮も冷めやぬまま、そちらを振り返る。 「なんだよ」  俺はウエイトレスに出来るだけ優しくそう訊ねようとしたが、意図せず言葉遣いは乱暴になってしまった。  一瞬尻込みしたウエイトレスは、それでも自身を鼓舞して言葉を続ける。 「あの……お金って言うのは、一体どのぐらい……」  予想外の返答に、俺とメイコは顔を見合わせた。 「……お小遣いでもくれんのかい?」  俺は冗談半分にそう言ったが、メイコの方は顔にこそ出さなかったものの、俺の言葉を聞いていくらか恥ずかしがっていたようだ。 「でしたら、良いアルバイトがあるんですけれど……あ、お時間は取らせません。ほんの一日、いえ、数時間で済むアルバイトなんです」  おずおずと、内気がちに話すウエイトレス。頬にそばかすが目立ち、眉毛も太い眼鏡っ子だが、何か愛嬌のある顔立ちだった。  俺はもう一度メイコの方を見たが、メイコは目を細め、訝しげな顔つきでウエイトレスを見ている。 「二十……いえ、三十万支払います。これが私の全財産ですので、どうか話だけでも……」  恐らく俺は、ぽかん、と口を開けたままマヌケ面をしていたであろう。  そう気づいたのは、俺の向かいに座る、メイコの奴がそうだったからだ。